萩本欽一〈40〉バイト中に傷をつけてしまった車の持ち主の家を数十年越しに訪ねたら、500坪の大豪邸だった
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
◇ ◇ ◇
萩本「そう。ツキがまわってくるの。何もかもが全部得するってのはね、人生ではないのよ。なるべく一番損するところを取る。そうすると全てがね、ふっと気がつくと得してるんですよ。でさ、その皿洗いの仕事のときも、自分で金たわし買ってきて鍋やらなんやらピッカピカに磨いたの。10円で売ってたからさ、金たわし。そしたら夏休みの最後の日、バイトが終わって社長から給料をもらうときに、『萩本君。9月からも良かったら学校終わってからアルバイトやってくれないか』って。そのまま1年間やった。大人っていいね。『ピカピカにしたのは偉い』ってそんなこと言わないもんな。きっとそうに違いないって気づいてくれたの」
増田「それがいい大人なんですね」
萩本「そう。車を傷つけたときも、いい大人に出会った。新車の端から端までピーッて線引いちゃったことがあるの。新宿の甘納豆屋さんに勤めてるとき。自転車で甘納豆を新宿駅まで届けて、帰り道でね。信号で止まってる車の横を勢いよく走ってたら、ピーッて傷を引いちゃったんだよね。俺、気づいてなかったの。そしたら後ろからパーンパンパンパーってクラクションの音。何だろうと思って自転車を止めたらさ、首根っこ捕まえられて『おまえ逃げるのか』って。何のことかわかんない。『何ですか?』って聞いたら『ちょっと来い』っつんでさ、車を見たら線のような傷がついてんの。『おまえがやったんだ』って。『えっ僕が? すいません』って言ったら、『すいませんじゃないだろ。親の名前を言え』ってすごいけんまくでさ。『住所は?』って言うから『おじさん。僕ね、270円もらってアルバイトやってんだよ。親を助けるためにアルバイトをやってるの。親の名前を言ったらそこへ取りに行くでしょ。マイナスになって親が泣くよ』って言ったの。『そんなことはできないでしょう。だから、住所は言わない。名前も言わない』って。『傷ついたから弁償しろって言うなら、俺に言ってください。逃げも隠れもしません。この傷を直すお金ができるまで働けっていうなら働きますから。自転車でこのままついていきますから』って言ったの」
増田「そうしたら?」


















