上杉鷹山(1)米沢藩は天下に知られた貧乏藩だった
名君の中の名君、上杉鷹山(1751~1822年)の話をしたいと思います。出羽国米沢15万石の殿さまです。
誰にも忘れ得ぬ風景というものがありますよね。ぼくにとって、その一つが米沢にある上杉家の廟所です。杉木立が荘厳な雰囲気を醸し出す参道を歩いていくと、米沢藩の歴代藩主が眠る霊屋が並んでいます。軍神・上杉謙信を中心に、その左右に歴代の殿さまたちが眠っている。華麗な彩色や金箔などありません。実に質素な木造の建物です。
向かって左、真ん中から5番目に、あの上杉鷹山が眠っています。「これが鷹山公の霊屋です」と教えられなければ気づかない。他の殿さまたちと何も変わらず、静かに佇んでいました。その姿を、ぼくはずっと心に刻んでいます。
なぜ、この人がそれほど偉大だったのか。その話をするには、まず鷹山がやって来る前の米沢藩が、どれほど大変な状態だったのかを説明しなくてはなりません。
戦国時代の米沢は戦国大名・伊達氏の本拠地でした。伊達政宗が豊臣秀吉によって岩出山へ移されると、蒲生氏郷の家臣が入り、さらに上杉景勝が会津120万石の大大名になると、米沢は重臣・直江兼続の所領となりました。

















