萩本欽一〈43〉欽ちゃん流“運を呼ぶ”オーディションでブレークした当時15歳の無名女性歌手
おじさんカメラマンが…
増田「今度は何を?」
萩本「この子きっと、すぐ嫁に行く子じゃないなと思ったの。もしここで合格して芸能界入ったらずっと続けるだろうなって。だからちょっと苦労しといた方が、運がつくだろうって」
増田「なるほど(笑)」
萩本「それでもう5回行っちゃおうと思って、やったの。そこでさらに考えたの」
増田「何を?(笑)」
萩本「5回とかじゃ運にならないよなって。あとは運作りだな。有名になればさ。この話は私の宝だって言うに違いない。そうすると萩本欽一のインチキ物語としては最高だなと思って、ついでにあと10回やっちゃったわけだ」
増田「素晴らしいですね」
萩本「うん。だから僕としては最初の1回でよかったんですよ。でも、松居直美って子に運をつけてやりたかった。そして『欽ドン!』にも運が必要だと思った。だけど、それをその場で常田さんに理由を言うと運にならないんだ。現にあの子は20回やらされて心が折れそうでスーッと帰ろうとしたの。そしたらカメラのおじさんが『直美ちゃん頑張ろうね』って声をかけた」
増田「それで来たと」
萩本「うん。この40歳に応援してもらったらものすごい運だよ。1回ですーっと通ったら何にも言わないけど、20回やらされた15歳の子にやっぱり優しいよ。で、俺『あーこの子、有名になる』って確信した。そして『この子が数字取るぞ。もう安心だ』と思った。そしたらやっぱり30%」
増田「なるほど。まさに運を呼ぶ少女ですね。運が運を呼んでいく」
萩本「そう。その通り。その後もずっとその運が直美ちゃんを助けてくれたの。若いときに有名人になってもね、みんなどっかで辞めるって言うのよ」
増田「松居さんにもそれがあったんですか?」
萩本「そう。彼女にもあったの。『芸能界もう辞めたい』って泣いて相談に来た。その話は今まで誰にもしてないんだけどね。今日はもうみんな話しちゃうよ」
増田「はい。ぜひ」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



















