萩本欽一〈43〉欽ちゃん流“運を呼ぶ”オーディションでブレークした当時15歳の無名女性歌手
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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萩本「そう。運についてもう1つ話するよ」
増田「はい」
萩本「松居直美*だよ。『欽ドン!』のオーディションでね。『ここにハガキがあるから、そのセリフだけ1つ言って去るだけだからやって』と1人ずつやらせたの。それで当時15歳だった直美ちゃんの番になって、俺、何度も『もう1回!』ってやり直しさせたの。最終的に20回やらせたのよ。それで『あぁ、やっぱり一番最初が一番良かったね。じゃあ最初ので行こうか』と言って終わった。そしたら(当時のフジテレビのディレクター)常田久仁子さんが怒ってどかどかやって来て、『あんたね、何度もやらせるっていうのはね、あそこが良くないとか、こうしなさいって変えてやらせるんだよ。あんたのは同じことをただ繰り返させてるだけじゃない。いい加減にしてよ』って。だから俺、『なぜそうするのか、話をすると運がなくなるんで今は話しません。番組が当たったら本当のことは話せるけど、今は答えろと言っても答えません』って言ったの」
※松居直美(まついなおみ):タレント、歌手。1968年茨城県生まれ。中学生だった1982年に「電話のむこうに故郷が」で歌手デビュー。同年、萩本欽一の『欽ドン!良い子悪い子普通の子』(フジテレビ系列)で「普通のOL」役に抜擢され、茨城訛りを生かした素朴なキャラクターで人気者となる。生田悦子、小柳みゆきと「よせなべトリオ」を結成。その後はものまねやバラエティー番組を中心に活躍し、『はやく起きた朝は…』では磯野貴理子、森尾由美と長年レギュラーを務めた。
増田「結局、なんだったんですか」
萩本「それはですね、直美ちゃんが1回目で帰ろうとしたんですよ。そのとき、ふと現場の空気を感じたの。ちょっと待てよと。この15歳の子がこの1回で終わったら、例えばカメラをしているおじさんが40歳過ぎなんだよ。他にもたくさんおじさんのスタッフがいるわけ。そのおじさんたちががっかりするなと。それで俺、『もう一回やろう』って言ったの」
増田「その一瞬で判断して?」
萩本「そうです。セリフは『ねぇ、母ちゃんなんとかだよ。私なんとかと思います』って去るだけなんだよね。大したことないんだよ。で、5回終わって『もういいよ』って言おうと思ったんだけど、そこで俺また考えたんだよ」


















