井伊直政(1)15歳の時、家康に出仕した「新参者」だった
以前に取り上げた榊原康政とともに「徳川四天王」に数えられる、井伊直政について書いていきます。年齢は康政と有名な本多忠勝(平八郎。四天王の一人)が同年。直政は彼らより13歳下。仲はそれぞれに良好だったと伝わります。
直政の幼名は虎松といいます。永禄4(1561)年、東海地方の戦国大名・今川家の家臣である井伊直親の子として、遠江国井伊谷(現在の静岡県浜松市浜名区引佐町井伊谷)で生まれました。
その前年、桶狭間の戦いがあり、今川の重臣たちが多く戦死しました。井伊家の当時の当主、直盛も例外ではなく、織田兵に討ち取られました。直盛は直親の従兄で養父でもありました。直盛には男子がありませんでした。ですので直盛なきあと、井伊家は直親が継ぐことになったのですが、今川の新しい当主となった氏真は、直親に謀反の嫌疑をかけ、殺害してしまいました。時に虎松、わずかに2歳。
苛酷な戦国時代ですので、2歳の幼児に当主が務まるはずがない。そこで例の「女城主・井伊直虎」の登場と相成ります。直虎は直盛の娘という設定です。でも、さすがに直虎を女性と解釈するのは筋が良くない。他の研究者も指摘するように、ふつうに男性でしょう。

















