細木数子と闘った作家・溝口敦氏は『地獄に堕ちるわよ』をどう見たか? “女ヤクザ”の手口と正体
「人を舐めた」裁判戦術と、作家としての意地
──そして、実際に法廷で争うことになります。
ええ。ただ、面白いのは、彼女たちの戦術です。最初の裁判で訴えられたのは、講談社の社長だけで、僕や担当編集者は訴訟の対象から外された。おそらく、僕個人を訴えると、僕が持つ裏社会の情報を法廷で暴露されることを恐れたんでしょう。人を舐めたやり方ですよ。
──ご自身が訴えられていないにもかかわらず、裁判には参加されました。
当たり前です。僕が書いた原稿が原因で講談社が訴えられているわけですから、負ければ多大な迷惑をかけることになる。講談社側の弁護士とは別に、自分で弁護士を探して、「補助参加」という形で裁判に加わりました。いずれにしても細木側のやり方は、「周囲を訴えて脅せばひるむだろう」ということで、人をバカにしている。僕を訴えずに外堀を埋めようとするなんて、完全に戦術を間違えていますよ。そんな小手先のやり方で潰せる相手だと思われたのなら、心外です。
──その細木数子とはどんな女だったのか。暴力団の幹部と長期間同棲したりして「ヤクザの女」に見えますが、溝口さんはご著書の中で、「女ヤクザ」と表現した。彼女自身がヤクザだったということですか?
彼女は「ヤクザの女」ではない。「女ヤクザ」そのものでした。
──それはどういうところか、と聞く前に、そもそも、溝口さんはなぜ、ヤクザに興味を持ち、取材を続けられてきたのですか?
僕がノンフィクションの対象として惹かれるのは、良くも悪くも「露骨に生きる人間」なんです。自分の欲望に忠実で、それを隠さず、時には命まで懸けて戦う。だから、ヤクザをよく取材した。細木数子もそういう人間でした。生きざまがヤクザなんです。闇市から身を起こし、新橋、銀座、赤坂へと成り上がっていく。ヤクザと交わり、他人の占いをパクって自分の一派を作り上げ、それを売り込んで大成功を収める。その軌跡は、戦後日本の欲望の歴史を体現しているようで、非常にシンボリックです。あの時代に、女でありながら、あれだけヤクザの世界と深く渡り合った人間は他にいないでしょう。
■欲望と暴力が渦巻いた時代だから、細木のような怪物が生まれた
──溝口さんは大勢のヤクザを知っている。その中でも彼女は特別な存在でしたか。
僕はヤクザにも好き嫌いがはっきりしていて、例えば5代目山口組組長の渡辺芳則は、うぬぼれ体質で頭も悪くて嫌いです。 僕が評価するのは、そこに「道理」があるかどうか。その点、細木数子は非常にわかりやすい。彼女の行動原理は、常に自分の欲望と損得勘定に基づいている。そのわかりやすさが、逆に人間的な面白さにつながっているのかもしれません。対照的で思い出すのが山健組の有力な組長の妻だった山本秀子姐さん。夫亡き後、組員との関係を一切断ち切り、一人息子を堅気の世界で成功させた。ヤクザの世界の権力と論理を知り尽くした上で、見事にそれを断ち切ってみせた。これもまた、ある意味、見事な生き方です。細木数子は、その逆です。どこまでもヤクザの世界の論理で生き、それを自分の力に変えていった。細木は自分の墓を愛人だった小金井一家総長・堀尾昌志の隣り合わせで造らせている。堀尾との関係は打算だけではなかったのかもしれず、そこもまた取材対象として面白かった。
──今後、細木数子のような人物は現れると思いますか。
もう出てこないでしょうね。芸能界と暴力団の関係も、昔とは比べ物にならないほどクリーンになった。彼女が生きた時代は、経済事件の裏には常に女がいて、色恋沙汰と金と暴力が渦巻いていた。そういう時代の混沌の中からしか、彼女のような怪物は生まれなかったのだと思います。
──政界ともつながりがありましたね。
歴代首相の指南役とされ、政財界に広い影響力を持っていた安岡正篤を通して広げたのでしょうね。彼女はやや認知症が進んできた安岡を酒漬けにしてたぶらかし、結婚誓約書まで書かせた。あげく安岡から歴史的な価値のある掛け軸を家から持ち出させ、それをあろうことか山口組の渡辺芳則に配って恩を売った。渡辺が5代目から引退すると、「あれ、返してよ」と言ったとかで、どこまでもドライで身勝手なやり口です。だからこそ、今改めて彼女の人生を振り返ることは、一つの時代を記録する上で非常に価値があると考えています。
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