細木数子と闘った作家・溝口敦氏は『地獄に堕ちるわよ』をどう見たか? “女ヤクザ”の手口と正体

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すべては「目障りな女」という好奇心から始まった

 ──実際、溝口さんのご著書はドラマには出てこない細木の生きざまを描いています。見出しを拾っても「色と欲の同行二人」「他人のふんどしで占い師」「低俗な時代を謳歌する女ヤクザ」と凄まじい。だからこそ、出版前に細木サイドは圧力をかけ、出版後は法廷闘争に発展しました。そもそも、溝口さんが細木数子という人間に2006年に興味を持ったのはなぜですか? 最初は週刊現代の連載ですが、執筆に至った経緯はどのようなものだったのでしょうか。

 最初は本当に軽い気持ちだったんです。当時、週刊現代の編集長だった加藤(晴之)君が、テレビか何かで細木数子を見て、「面白い女だ」「目障りな女だ」と感じたのがきっかけです。「溝口さん、この細木って女を描いてもらえませんか」と。その時点では、彼も僕も、テーマが「細木数子と暴力団」になるとは全く思っていませんでした。

 ──細木と暴力団との関係を知っていて、連載を始めたわけではないんですね。

 そうです。だから、当初の連載予定はたったの4回。「人気者だけど、やけに態度がでかい。この目障りな女の正体は何なんだろう」という、本当に素朴な好奇心から「じゃあ、ちょっとやってみるか」と引き受けたんです。

 ──そうしたら、溝口さんの人脈で細木をよく知っている人が次から次へと出てくるわけですよね。取材はどこから着手されたのですか。

 最初の手がかりは、彼女自身が出した自伝『女の履歴書』でした。それを読むと、渋谷の百軒店(ひゃっけんだな)の育ちだと書いてある。その記述に、まず「臭いな」と感じたんです。

 ──「臭い」というのは?

 裏社会の匂いです。本には直接的な言葉では書かれていませんが、夜間に店の看板を見て寄ってきた男を自分の店に引き込む、といった描写がある。これは座布団売春のポン引きの手口そのものです。本人は「ポン引きをやっていた」とは書いていない。しかし、「らしいこと」は書いてある。そこから、彼女の原点を探る糸口が見えました。そこから取材は一気に深まっていきました。僕自身、学生時代から渋谷には馴染みがありました。その後、本格的に裏社会の人脈をたどることになった舞台は赤坂でした。

 ──新橋、銀座で成功した細木が大箱のディスコ、「マンハッタン」を出したのが赤坂でした。

 たとえば山口組系山健組の山本健一(田岡一雄時代の山口組若頭)とか5代目組長の渡辺芳則などが細木の赤坂の店に通っていた。もちろん細木と親しく口を利く太客です。当時のそうした情況を山健組本部長などが私にいろいろ伝えてくれた。私が当時通っていた赤坂の店で山口組系の組員たちと顔見知りになり、その中に重要な情報源となる人物がいたんです。彼らに話を聞くと、「ああ、細木か」と。暴力団との関係が次々と明らかになっていきました。連載は進むにつれて取材網は広がり、僕の知り合いもどんどん絡んできて、面白くなってきた。当初4回の予定だった連載は、到底収まりきらない。「これは十数回は必要になる」と編集長に伝えて、延長を重ねました。そうこうしているうちに、細木側が「訴える」と言い出した。それで、こっちもますます引けなくなっていったんです。

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