友人である消防隊ヘリのパイロットが漏らした苦悩「もう、病気になりそうだった」
東日本大震災から1カ月が経とうとしていた4月7日。楽天はようやく仙台に戻ることができた。
翌8日、選手は3グループに分かれて被災した学校や避難所を慰問。俺が松井稼頭央らと向かったのは宮城県名取市だった。予定では津波にのまれてしまった閖上中学校や近くの避難所、そして最後に名取市役所を表敬訪問することになっていた。
目的地に行く途中、小学校の前を通った。そこは避難所になっていて、楽天のバスだと気づいた人たちが手を振ってくれた。窓越しに手を振り返しながら思った。
バスの中から手を振るだけじゃダメだ。
俺は他の選手たちにこう言った。
「みんな、降りよう」
立ち寄る予定にはなかった避難所。同乗していた名取市職員は困惑の表情を浮かべていた。この後には名取市長との面会が控えていて、ここで立ち寄れば予定の時刻に間に合わないからだ。
「いや、ちょっと時間が……」


















