黒川紀章設計「戦没者慰霊塔」も丹下健三設計「香川県立体育館」も解体…財政難で維持できなくなった名建築
普段は入ることができない建築の内部を公開する「東京建築際」など、建築関連のイベントが盛り上がりをみせる。その一方で、歴史的な名建築が相次いで解体されている。
■モニュメントは特に維持が困難に
1950~70年代には、戦後復興や高度経済成長の好景気などから鉄筋コンクリート造の大規模な建築が次々と建設されていった。橋や道路などの土木施設も整備され、昭和の街並みは姿を変えていった。そうした建築物中には、完成から半世紀以上経過したものも多く、改修もしくは更新の必要が迫られている。
そのうち、橋や道路などの社会インフラは、生活に不可欠なため財政難の中でも優先順位が高く、改修が進んでいる“方”である。問題は、それらと比べてインフラとしての重要度が低い建築だ。戦後に盛んに建てられた大規模なモニュメント(記念碑)は、管理に当たってきた人の高齢化や維持費の捻出が困難になった結果、改修を断念、取り壊しが決まるものが増えているのだ。
北海道札幌市にあった「北海道百年記念塔」は1970年に建設された高さ約100メートルの巨大な塔で、野幌森林公園のシンボルだったが、老朽化のため2023年に解体された。今秋には、愛知県蒲郡市の「戦没者慰霊平和塔」の解体も始まる。この塔は愛知県出身の世界的建築家・黒川紀章が設計し、平和のシンボルとして親しまれていた。
当時は、“周年記念”や“平和祈念”をコンセプトにしたモニュメントは、寄付金も集まりやすかったとされる。しかし、特殊なデザインにすると、維持が難しくなる。ましてや当時の関係者が亡くなると、存在意義を感じなくなる人も増え、改修のための寄付も集まりにくい。結果、解体に至るケースが多いのであろう。


















