東日本国際大昌平・江井監督 大企業の管理職で培った組織論「監督の力量を超えたチームになるには…」
江井康胤(東日本国際大昌平/福島/55歳)
きょう8日に白樺学園(北北海道)と対戦する東日本国際大昌平は、春夏通じて初の甲子園だ。率いる江井監督は千葉県出身。野田北(現野田中央)から東北福祉大へ。大学時代は内野手として日本代表を経験し、卒業後はJT、廃部後は東北マークスで活躍。引退後はJTで管理職まで務め、50歳で東日本国際大の助監督に。23年から現職という異色の経歴を持つ監督にチームづくりを聞いた。
──就任から3年で同校初の甲子園。
「いろいろな苦労が詰まっていますので、長かったような、あっという間だったような、不思議な感覚です。なかなか勝てない時期もありましたし、今の高校生が何を考えているのか理解するまでに時間もかかりました。今大会も、最初から甲子園を強く意識していたというより、まずは県でベスト4というくらいの気持ちでした。それが、まさか甲子園まで来られるとは」
──今の3年生は自身で勧誘した1期生です。
「東日本国際大で助監督をしていたとはいえ、高校生の選手集めはコネもノウハウもないところからのスタートでした。しかも、監督就任の内示が出た頃には、大半の中学生はすでに進路を決めていた。わずかなつながりを頼りに、野球関係者へ片っ端から連絡し、声をかけた中学生は100人どころではありません。かなり苦労しましたが、その中からウチを選んでくれた選手たちが、ここまで成長してくれたことは感慨深いですね」
──選手集めで意識していることは。
「県内外を問わず、さまざまな地域から選手が集まれば、互いに違う考え方を学べる良さがあります。それでも私たちは福島の代表です。地元の方々に応援してもらうためにも、地元の選手にはもっと来てほしい。福島には名門・聖光学院さんがありますから、選手集めは簡単ではありませんが、ウチに来たらどんな未来を描けるか、どんなチームをつくり、どう成長してもらいたいのかを、選手本人や保護者にきちんと伝える。それを信じて来てもらうしかないと思っています。甲子園出場で選手集めが楽になるか? それは分かりません。最後に決めるのは選手ですから(笑)」
──50歳で転職した理由は。
「大学時代の先輩が東日本国際大で監督をしていて、声をかけていただいたのがきっかけです。JTでは転勤も多く、管理職としてのストレスも相当でしたが、安定した立場を手放すことに数カ月間悩みました。ただ、子供たちも大きくなっていましたし、役職定年を迎える5年後、55歳になる頃に同じ話があるとは限らない。野球に恩返しをするなら今しかないと思い、決断しました」
──大企業の管理職という経験は指導に役立っていますか。


















