西島和氏「八ツ場ダムが利根川を守ったというのは誤解」

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 大型台風が次々に日本列島を襲い、甚大な水害をもたらしている。一方、巨大ダムやスーパー堤防があったから被害を食い止められたという自民党政治礼賛の声がネットで飛び交っている。果たしてそれは事実なのか。河川公共事業の住民訴訟に取り組んできた専門家に話を聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ――台風19号は記録的な大雨を降らせましたが、八ツ場ダムがギリギリまで貯水した画像がネットで拡散され、おかげで利根川の氾濫を防げたという意見もあります。これは事実なのでしょうか。

 誤解です。八ツ場ダムがなくても、利根川の河道で流せる程度の降雨量でした。治水というと、ダムを連想する人が多いと思いますが、基本は堤防や河道掘削などの河道整備です。雨がどこにどれだけ降っても、一定量を流せる河道整備が進められてきたことにより、利根川では氾濫が起きませんでした。これに対し、ダムの効果は不確実で、限定的です。降雨が「想定した場所」「想定した規模・降り方」で発生し、かつ、放流のタイミングを誤らないという場合に河川への流入量を減らせるにすぎないのです。

 ――八ツ場ダムが本格稼働していなかったことも背景にありましたね。

 今回ラッキーだったのは、八ツ場ダムが試験湛水中だったため貯水量が少なく、本来より多くの水を貯めることができたことです。

 ――もし八ツ場ダムが本格稼働していて今回のような雨量になったらどうなっていたのでしょうか。

 危なかったと思います。ダムは無限に水を貯めることができるわけではありません。ダムが貯められる以上の降水が発生した場合、ダムはダム自体の決壊を防ぐために緊急放流を行うことがあります。それで失敗したのが昨年の西日本豪雨で大規模な浸水被害を引き起こした愛媛県の野村ダムです。緊急放流をしたため肱川が氾濫し死者を出しました。今回もいくつか緊急放流をしたり、準備をしていたダムがあります。ダムの限界には注意する必要があります。

 ――八ツ場ダムの住民訴訟の弁護団に加わっていましたが、どのようなきっかけでしょうか。

 八ツ場ダムは治水と利水という相反する目的をもつ多目的ダムです。東京都は約500億円の利水負担金で新たな水源を得ようとしていました。しかし東京は人口は増えていますが、水需要は頭打ちで減少傾向ですから、負担金支出は違法だという訴訟を住民が起こしたのです。弁護団に加わるきっかけは「岸辺のアルバム」で知られる多摩川水害訴訟を手がけた高橋利明弁護士のお話を聞いて、ダムのイメージが変わりショックを受けたことです。

 ――訴訟は敗訴しました。

 裁判所は八ツ場ダムが治水で役に立つ可能性が皆無ではないなどと判断しました。

 ――秋田県・雄物川の成瀬ダム訴訟もされていましたね。

 緑にかこまれた美しい沢もある自然豊かな場所に造る計画で、農家の方などが子や孫に自然を残したいと起こされた訴訟です。成瀬ダムは最上流にあり、流域面積の1%の集水面積しかなく、治水効果がきわめて限定的です。堤防整備が相当遅れている状況で利水負担金約200億円を支出してダムを造ってもらうメリットは秋田県にはありません。しかし、裁判所は、治水に役に立つ可能性はゼロではないし、利水負担金は支出しない民意が明らかではないから公金支出は違法ではないとしました。

 ――「可能性はゼロではない」と繰り返す裁判所の理屈は暴論ですね。

 住民訴訟を死文化させる判決でした。ダム優先は国策ですので、裁判所も逆らえないのかと。ふつうの事件は、「負けて納得はできないが、理解はできる」ということが多いのですが、ダム訴訟は納得はできないし、理解もできません。国土交通省OBの宮本博司さんも、成瀬ダムの建設予定地を見て、これは官僚が造りたいダムではなくて、政治案件ではないかと指摘していました。

 ――宮本さんとは。

 岡山県・苫田ダム工事事務所長や長良川河口堰建設所長として、ダム建設を「推進」されてきた方です。反対住民と真摯にコミュニケーションする中で、国交省が「勝手に」決める治水から、みんなで考える治水を目指し、河川法改正を主導されました。近畿地方整備局淀川河川事務所長時代には「淀川水系流域委員会」を設置し、住民参加を実践する計画策定の実現を目指しましたが、国交省本省の「巻き返し」にあい、淀川水系流域委員会は休止、間もなく宮本さんは国交省を退職されました。宮本さんの目指された人命最優先の開かれた治水を実現していかなければなりません。

■自治体が国のお金で再開発できるのがスーパー堤防

 ――堤防の斜面をなだらかにして堤防の上に住宅を建てる江戸川スーパー堤防の差し止め訴訟もされていましたね。

 スーパー堤防は、時間とコストがべらぼうにかかり、実現可能性のないものです。完成時期は「不明」、コストは江戸川の22キロだけで1兆円とも試算されています。治水計画としては破綻していますが、自治体が国のお金で再開発できるという「メリット」があります。江戸川区の場合は100%国負担でした。ちなみに、通常の堤防より高いと誤解されていますが、高さは同じですから、水が乗り越えてくる状況は変わらずスーパーでもない。千葉県市川市妙典のスーパー堤防は川と堤防の間に線路が走っていて、会計検査院からは完成していないと国交省は怒られています。

「ダム優先」「人命軽視」の国策で堤防整備は後回し

 ――デタラメですね。

 盛り土をともなう再開発で立ち退きが必要になりますから、計画が進まないのです。北小岩では強引に進めて「まちこわし」になりました。

 ――ところで国交省の堤防は土を盛ることしかしないのですか。

 今回の長野県・千曲川も洪水が土の堤防を越水し破壊したことによる決壊だといわれています。堤防を越えると水が反対側に落ちて、滝つぼができるように土の堤防を削って決壊させるのです。ですので、国交省がかつて研究してきたアーマー・レビー工法のような堤防強化が必要なのですが、今の国交省は河川管理施設等構造令の土堤原則だからと土を積むだけです。

 ――堤防に矢板(鋼板)を入れるのもダメですか。

 矢板やセメントなど異物を入れてはいけないそうです。土堤原則には例外もあり、場所によっては堤防強化されている例もあるのですが、決壊を防ぐには原則と例外を逆にすべきです。理解に苦しみます。

■国土強靭化は“やってる感”のスローガン


 ――安倍政権は国土強靱化を掲げていますが、水害対策は強靱化されましたか。

 国土強靱化は“やっている感”を出すためだけのスローガンです。公共事業批判を封じ込めたいのでしょうが、事業の中身は問わず規模を大きくするだけでは問題は解決しません。“忖度道路”(安倍・麻生道路と呼ばれる下関北九州道路)など民主党政権時代にできなかったような事業も復活させる一方で、堤防決壊を回避するための本当に必要な対策は後回しにされています。

 ――河川水害はどうしたら防げるのでしょう。

 水害を100%防ぐことはできませんが、氾濫しても人命が失われることのないよう、越水しても決壊しない堤防を整備していくことです。日本全国の堤防は土を盛っただけの“土まんじゅう”で、安全度も低いところが多いんです。2015年の豪雨で利根川水系の鬼怒川が決壊し、死者が出ました。当時の堤防は10年に1度くらいの雨で氾濫する状況でしたが、堤防を強化して氾濫だけで済んでいれば、あれほど深刻な被害にならなかった可能性があります。数時間の越水に耐えられる堤防を造って、少なくとも短時間に大量の水があふれないようにすることです。

 ――今後はどのような活動をされていきますか。

 安全度が低い堤防などの整備を後回しにして、ダム整備を優先するのは人命軽視だと成瀬ダム訴訟でも主張してきました。広範囲で大規模な災害が起こる気候危機の一方で、災害対策の予算・人手は限られており、整備の順番はとても大事なんです。国交省にいる志のある人などを後押しして、住民の命を最優先で守る治水への方針転換を実現したいと思います。ただその前に現政権が代わらないと無理だとつくづく思います。

※インタビューは【動画】でもご覧いただけます。

(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)

▽にしじま・いずみ 1969年、長崎県生まれ。東京外国語大学卒。2006年から弁護士。八ツ場ダム住民訴訟、スーパー堤防差し止め訴訟など治水問題や福島原発事故の避難者訴訟の弁護団に加わってきた。

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