野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…
1999年から2001年の野村克也監督時代の3年間、周辺にいるコーチとの間にこんなことがあった。
「監督がこう言っている」と、ある練習を命じられた。僕の考えと違ったため、「こうやってもいいですか?」と返したが、後になって全く監督に伝わっていなかったことが判明。監督に都合の悪いことだと判断されたためで、コーチが忖度したのだ。選手が密に接しているのはコーチなのだが、選手の声が監督に届かないことが多かった。
一方で監督の「ボヤキ」といわれるコメントは、断続的に報道された。
「今岡には心の教育が必要や。ショートという一番大事なところを守っていて『捕れないから追わない』では困る。打っても内野ゴロだと『あきません』で走らんのや」
虎番記者にこう伝え聞いたこともあった。
「確かにバッティングはいいが、打つことしか考えていない。走れないから走塁には100%興味がない。肩はいいけど、守備範囲が狭い。ヒットを打って一塁ベースに行ったら打率の計算をしているんじゃないか。ああいう選手は困るんだ」
野村監督に監督室に呼ばれたことがある。
「おまえは真剣にプレーしているか? 何か不平不満を持っているようにしか見えない。何か言いたいことがあるんじゃないか? ここには俺とおまえしかいないんだから、正直に言ってみろ」
言われた通り、不満があるから、あえてやらないこともあった。ただ、全部ブチまけたら大変なことになる。正直になんて言えるはずはなかった。
野村監督には「三流は無視、二流は称賛、一流は非難」という有名な方針がある。今思えば「一流」になれる素材だから非難されたのかもしれないが、当時はとてもそうは思えなかった。
野村監督は選手のポジションや打順を実に細かく考えていた。よく使っていた言葉に「適材適所」がある。感情が入るため難しいのだが、僕が指導者として生かしたい言葉でもある。例えば一般企業でも、営業に向いている人が事務の仕事に就いていては、能力が発揮できないだろう。
野村監督就任1年目、前回も触れたキャンプ初日の話だ。「全員でミーティングをやるから、二軍も毎日来い」と招集がかかった。当時の一軍の宿舎は土佐ロイヤルホテルで、二軍は安芸市内。バスで往復1時間の距離があったこともあり、岡田彰布二軍監督はこう言って突っぱねたのだ。
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