中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<26>不審な人物は第三者とは限らない

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 少子高齢化と老老介護が顕在化すれば、いずれ安楽死を選択せざるを得ない家族が増加するのは目に見えている――かつてドクター・デスから放たれた言葉が不意に甦る。長山家の悲劇を自分の家庭に重ねるインタビュアーはいったい何人いるのだろうか。

 犬養たちが監視していても、参列者や斎場を取り囲む者の中に不審な行動を取る人間は見当たらない。参列者が少ないので目立つのを嫌って姿をみせないのか、それとも元より己の犯行を誇る気持ちがないのか。

 記帳所に立つ富秋と亜以子にも不自然な素振りは見えない。二人とも感情の表出を堪えるかのように表情を硬くしている。参列者の少なさをどう捉えているかは不明だが、マスコミ関係者がカメラを向けているのは見えるだろうから余計に感情を押し殺しているのかもしれない。

「あと五分で告別式が始まります。不審な人物、見当たらないみたいですね」

 明日香は当てが外れたように言う。喪主たち以外の不審者がいてほしそうなニュアンスはなるほど明日香らしい。

 先入観を持つな。遺族に必要以上に肩入れするな。今まで何度か明日香に忠告してきたが、今回の事件で再発したきらいがある。

「不審な人物は第三者とは限らないぞ」

「分かってますよ」

 どこか苛立たしげな返事を聞きながら、犬養は己も戒める。先入観を持たず、必要以上の肩入れをしない。ドクター・デスの事件では娘の沙耶香を巻き込んだ苦い経験が未だに尾を引いている。安楽死を選んだ当事者の遺族感情も皮膚感覚で理解できる。警告が本当に必要なのは明日香よりも犬養なのかもしれない。

 安楽死事件は被害者不在の事件だと書いた記事があった。安らかな死を選んだ本人はもちろん、多額の医療費や介護で心身ともに疲れ果てた家族の負担減免にも繋がり、被害をこうむる者は誰もいないという論説だ。背景には安楽死についての議論が全くと言っていいほど為されず、法的整備もされていない現状にあるという。

 一見、もっともな意見に思えるが、実際に安楽死事件を担当した犬養には、それこそ上澄み液を掬っただけの浅薄な話にも見える。

 実は安楽死事件にもれっきと被害者は存在するのだ。不治の病に冒された患者とその家族たちだ。患者の体力と預金残高の減退に不安を覚え、日々の介護に神経をすり減らす。言わば極限状況に刻一刻と近づいている中で安楽死事件が報道され、第三者が軽率な感想を垂れ流せばどうなるか。責任を持たぬ者の偽善は凶器にもなり得る。世論と言えば聞こえはいいが、現行の法律に沿った建前に終始するのであれば当事者の救済にはほど遠い。

 犬養はふと長山家の遺族に同情したくなった。本人単独の意思で行われたとしても、本人の安楽死を許してしまった遺族に世間の目は冷たい。興味本位の記事が出ればその傾向はますます顕著になるだろう。所詮、人が死んで全員が幸福などという事例は有り得ない。

 (つづく)

【連載】ドクター・デスの再臨

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