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髙橋隆

1949年1月生まれ。学生時代に「走れコウタロー」で知られる「ソルティー・シュガー」の一員としてデビュー。大学卒業後はディレクターに転身し、ビクターエンタテインメントやテイチクエンタテインメントで数々のヒット曲を生み出す。代表作は「ダンシング・ヒーロー」「襟裳岬」「てんとう虫のサンバ」「白いギター」など。現在はフリーの音楽プロデューサー。

「てんとう虫のサンバ」…お遊びの曲が大ヒットで紅白に

公開日: 更新日:

 一方私は、71年5月にバンドを解散。大学を卒業後、ビクターに“ディレクター見習い”として潜り込みました。ディレクターデビューは72年に果たしていましたが、ヒットはなし。そんな時、チェリッシュを担当していた先輩から「2人組になったのを機に、おまえがやれ」と半ば業務命令。それで73年1月発売の「若草の髪かざり」から私が担当することになったのです。

 当時のチェリッシュはアルバムがよく売れていたので、オリジナルアルバムを作ろうということになり、その中のひとつとして収録したのが「てんとう虫のサンバ」です。3年前に森山加代子さんが歌った「白い蝶のサンバ」がヒントになりました。シングル化するつもりは全くのゼロ。

 ところが、アルバムのサンプル盤を聴いた大阪のラジオ局のディレクターが「てんとう虫のサンバ」を気に入ってくれて、番組でかけてくれたところ問い合わせが殺到。有線のリクエストにも上がってくるようになり、急きょシングルカットしたのです。

 当時、僕もチェリッシュも「えっ!?」と目が点になりました。僕はシングル用に作っていないし、彼らもアーティスティックに売りたい時に「あなたと私が夢の国~」でしょ(笑い)。でも結果的に大ヒット。その年の紅白歌合戦に初出場も果たしました。

 いまだにどうして売れたのか分かりませんが、当時のリスナーの耳に残ったのは確か。ヒット曲はユーザーが決めるという典型的な例ですね。

(聞き手=いからしひろき)

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