すず風にゃん子・金魚「東八郎、内海桂子・好江…あの先輩方と同じく体が動く限り舞台に立ちたい」
春の陽光が浅草寺をまぶしく照らす。門前では中学の修学旅行生がおみやげを物色し、着物姿の若い女性が笑顔を見せている。ここ浅草で雨の日も風の日も変わらず、30年以上にわたって舞台に立ち続けている芸人がいる。すず風にゃん子・金魚だ。東洋館の楽屋で2人は「死ぬまで舞台に立ち続けたい」と話した。
「劇場にお客さんが入らないという経験は何度かしていますが、コロナはやはり別ものですね。つい先日もある劇場にはお客さんが7人……、舞台というのは客席がある程度埋まっている状況で、隣の人が笑った勢いでまたまた隣が笑うということもある。それが今は大声さえ出せない状況ですから、お客さんにとっても大変だと思います」
こう話すのは、ボケ担当の金魚さん。芸人になる前は3年間、幼稚園の先生をしていた。「初めて受け持った園児の卒園を待って」憧れの東八郎に弟子入りしている。
相方のにゃん子さんがこう続ける。
「舞台の出演料を入場者数に応じた『割』でいただくこともあります。割に合わないの語源で、今は家の家賃代にもならないこともある。幸い漫才協会主催の舞台は最低条件がありますけど、若手はやっぱり厳しい状況ですね。アルバイトをしなければ食べていけず、師匠たちがご飯に誘っても断られるケースも増えた。昔ならあり得ませんが、師匠たちもそんな若手の事情は知っていますので、『そうか、そちらを優先させなさい』と送り出してますね」
にゃん子さんは元女優。あき竹城の付き人を経験し、今村昌平監督の「楢山節考」に出演。浅草の地に足を踏み入れるきっかけは、故レオナルド熊のコント芝居の相方としてだった。