「ノー・アニマルズ」鈴木涼美氏

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「ノー・アニマルズ」鈴木涼美氏

 舞台は2025年に取り壊しが確定している老朽化マンション。住人たちは数年後をめどに、立ち退きが求められている。

「以前、住んでいたマンションの管理組合の理事を任されて、そのときに『改めていろんな人が住んでいるんだな』と気づいて。壁一枚隔ててるだけなのに、おのおの食事していたり、セックスしていたり。まるきり別個の人生が、すごく狭い土地の中に詰まっている、それでいてお互いのことはまったく知らない。マンションって面白いなと思って舞台に選んだんです」

 3人兄弟の長男である8歳児から、43歳のバツイチ女性まで、7人のマンション関係者たちが主人公となる連作短編集。1つのすみかをともにする人々の生活全体を定点観察すると、まるで動物ドキュメンタリーかのようにコミカルな人間たちの生きざまが映し出される。

 204号室の住人・芹(28)は、コンカフェ嬢としての多くはない稼ぎで、絵描きの年上彼氏を養っている。彼氏の収入に不満があるのはもちろんだが、性格は良いし、なによりも体の相性が抜群。幸運なことにマンションが親戚の持ち物であるため、格安で同棲生活を送れている。

「芹は外見的にはとてもかわいいし、韓国コスメをどんどん買ってめかし込む余裕もある。おまけにセックスも充実。言ってしまえば、そこそこ幸せな生活なんです。それでも『もっと良い彼氏がいたら』とか、通勤電車の風景には『なりたくない未来を缶詰にしたような光景』とか文句を言ってしまう。シンプルに、衣食住とか3大欲求を満たされていても“幸福”と言えないのが人間なのでしょう。芹のそんな“アニマル”でありながら、“ノット・アニマル”な側面を持っている姿が愛おしいんです」

 住人たちの属性は十人十色だが、共通項となるのは、何かに不満を抱えている様子だ。501号室の羽衣(17)は、女性性を捨てきれない奔放な母に振り回され、しばらく前に309号室の実家を出ている春樹(33)は、歌舞伎町のホストとしての自らの進退と将来の家庭像に思い悩む。

「このマンションが特別なのではなくて、きっとどこのタワマンでも一軒家でもそうなんだと思います。多様性が認められて選択肢が増えた一方で、自分の選んだものに対して、これでよかったんだろうかっていう気持ちがつきまとう。これは現代人の宿命だと思うんです」

 刻一刻と迫っていく退去期日。しかし、描かれるのはその切迫感ではなく、彼らの日常そのものだ。住人たちの人生が遠くで交差しているさまも、生態系をのぞき見ているようでおもしろい。

「マンションのように“数年後には”とまではいかなくても、日本という国も、ひょっとしたら地球という星にも、明るい将来はないのかもしれませんよね。そんな危機を喚起する情報はテレビでもSNSでも日常的に流れてきますが、『やべー』とか言いつつもマンガを読んだりして過ごしてしまう。そんな人間の側面を『平和な国に生まれた人間の病気だ』という意見もありますが、私は、とても人間らしい愛おしい瞬間なんじゃないかって思うんです。そんな幸せをかみしめる瞬間は、誰にとっても必要不可欠なのではないでしょうか」 (ホーム社 2090円)

▽鈴木涼美(すずき・すずみ) 1983年東京都生まれ。慶応義塾大学環境情報学部在学中にAVデビュー。その後はキャバクラなどに勤務しながら東京大学大学院社会情報学修士課程修了。2022年「ギフテッド」、23年「グレイスレス」が芥川賞候補作に。ほかの著書に「浮き身」「トラディション」「YUKARI」など多数。


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