ビートルズ来日スペシャル② フィーリングで選んだ伝説の『ミスター・ムーンライト』
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ビートルズ来日スペシャル②
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ビートルズ来日公演が行われたのは、到着翌日の1966年6月30日から7月2日までの3日間。3日間だから3公演か。違う。7月1日.2日は1日2公演の計5公演だったのだ。
視聴率56.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録したというテレビ中継は、公演2日目=7月1日の昼公演を、その日の夜、9時から録画中継したもの。
そんな中継番組を、多くの日本人が凝視したのだが、その後話題になったのは、演奏そのものというより、番組のオープニングだった。
ビートルズの4人を乗せたクルマが羽田空港から赤坂の東京ヒルトンホテル(現:ザ・キャピトルホテル東急)に向かうシーン。4人の乗るピンクのキャデラックを前方から撮影。サイレンの音量がどんどん上がる。そしてサイレンが突如鳴りやみ、ビートルズの『ミスター・ムーンライト』が鳴り響く! あの伝説のシーンである。
↓………ここから続き………
映像を手掛けたのは、当時日本テレビのディレクターだった佐藤孝𠮷。先月、刊行された宮永正隆『ビートルズ来日学1』(リットーミュージック)に、佐藤へのインタビューが載っているのだが、これが実に面白い。
動画サイトに残っている映像で見ると、とにかくサイレンがけたたましい。佐藤孝𠮷によれば、あの映像はまず「サイレンの交響曲」にしようと思ったという。そしてサイレンがあれば「ビートルズの音楽なんていらねえ」とも考えていたというから、何とも大胆である。
しかし、やはりビートルズの音楽が必要だと思い直し、『ミスター・ムーンライト』を選曲する。そのプロセスがおかしい。何でも、『抱きしめたい』や『ミッシェル』を次々と聴いたというのだが……
──でも全部「違う」
「違う」と思って。ずーっとやってたら「ああ、これだな」って。僕がそれまでドラマで鍛えてきた直感です。(中略)選んだ理由は、なんかこう「フィーリング」としか言えないですよね。決して歌の文句で選んだわけじゃありません。
それから21年後の87年。佐藤孝𠮷は、今度はマイケル・ジャクソンの来日ドキュメント映像の担当に指名される。理由は、マイケル本人が、このときの『ミスター・ムーンライト』の映像を見るのが大好きで、何度も繰り返し見ていたからだという。
そう、見たのだ、マイケル・ジャクソンも。当時の日本人の56.5%と同じく。 (この項つづく)
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