ビートルズ来日スペシャル④ ステージに立つと楽屋に閉じ込められるとの噂が流れた──前座を断った男たち
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ビートルズ来日スペシャル④
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ちょうど60年前のビートルズ来日公演について、ビートルズによる音楽以上によく語られるのは、日本人音楽家によるオープニングアクト、つまり前座である。
参加したのは、ボーカリストとして内田裕也、尾藤イサオ、望月浩。バンドとして、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ブルージーンズ、そしてご存じザ・ドリフターズ。勘違いされやすいのだが、このときのブルージーンズに、寺内タケシは参加していない。
この中では、望月浩だけが知名度で一段落ちるだろう。当日は1人だけ場違いな「エレキ演歌」=『君にしびれて』を歌っているソロ歌手。
さて、今回はこの名誉ある「ビートルズの前座」を断った男たちについて語りたい。
まずは、のちにザ・ワイルド・ワンズのリーダーとして名を上げ、作曲家としても大成する加瀬邦彦である。
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当時彼は、ブルージーンズにいたのだが、前座に出ると、その後、楽屋に閉じ込められ鍵をかけられ、ビートルズのステージが見られないという情報を聞き付け、ブルージーンズを脱退するのだ。
前座を断った男たち、2人目はかまやつひろしだ。こちらはかまやつ単独ではなく、ザ・スパイダースとして前座を断っている。ムッシュかまやつ名義の『ムッシュ!』(日経BP)から、メンバー全員で前座参加の是非を検討するくだり。
「ビートルズと共演すれば箔がつくっていう人もいるけどな」「そんなに大勢の前座のなかの一本じゃあ、しょうがないよ」「やりたいことはやりたいけど……」「オレたちにもプライドってものがあるよな」「そうだな、よし断ろう」
今になって思うのは、もしこのときスパイダースが前座に出ていたら、ということだ。オリジナリティーあふれる傑作『ザ・スパイダース・アルバム№1』(1966年)をすでに4月にリリースしていた彼らのこと。晴れの場で、かまやつひろし作曲の『ヘイ・ボーイ』『ノー・ノー・ボーイ』を披露していたら、日本のロックの歴史は変わっていたのではないか。
最後に、加瀬邦彦が信じた「前座は楽屋に閉じ込められてビートルズを見られない」という説は本当だったのか。
いや、実は尾藤イサオと内田裕也が、舞台にほど近い、ほぼ真正面のアリーナにふんぞり返ってビートルズを堪能している写真が残っているのである。
でも、その後の活躍を考えると、加瀬邦彦は、やっぱりブルージーンズを辞めてよかったと思うなぁ。 (この項つづく)
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