リバプールの悪ガキを可愛らしく仕立て上げたブライアン・エプスタインの功績
- 印刷
- >> バックナンバー
- 今だけ無料
特別編「5人目のビートルズ~ブライアン・エプスタイン」①
1曲目(無料)から読む
特別編「5人目のビートルズ」、ジョージ・マーティンに続くのは初期~中期ビートルズのマネジャーだったブライアン・エプスタイン。
本棚の奥の奥にあったレイ・コールマン『ビートルズをつくった男──ブライアン・エプスタイン』(新潮文庫)の裏表紙にはこう書かれている。
──彼の名はブライアン・エプスタイン。その名が示す通りユダヤ人であり、元俳優志望であり、またホモセクシュアルでもあった。その彼がいかにしてビートルズを作り上げたのか。
彼については、このような背景が、必要以上にスキャンダラスに描かれている気がする。そこで、ここはひとつ冷静にビートルズの成功に寄与した彼ならではの功績を整理してみたい。
↓………ここから続き………
まず1つは、ビートルズのルックスのマネジメントだ。先の本には、初期ビートルズのトレードマークとなった襟なしジャケットを、ブライアン自身が考案するシーンがある。リバプールの悪ガキを、あれほどまでに可愛らしく仕立て上げたことが、のちの人気爆発にどれほど寄与したことだろうか。
音楽面では、自らが見いだした4人を、ジョージ・マーティンに紹介したこと。このあたりは先の本だけでなく、昨年の映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』でも語られていた。
そして、地味ながら大きいと思うのは、初期ビートルズのドラマーだったピート・ベストをクビにしたことだ(このシーンも映画の中にあった)。
ジョージ・マーティンがピートのドラムスを嫌う。だが、本人に最後通告をしたのはブライアンだった。結果、リンゴ・スターが加入。さまざまな意味でバランスの取れた4人組となり、世界へと向かっていく。
でもまぁ、最大最良最強の功績は、何といってもビートルズを見つけたことだろう。
1961年、ビル・ハリーという男がリバプールで「マージー・ビート」という新聞を発行。レコードなどを売る店舗を経営していたブライアンがそれを仕入れる。そして……先の本から引用。
──エプスタインは「マージー・ビート」の内容にも売れ行きにも強い興味をそそられ、その中で頻繁に取り上げられているビートルズという連中は、どこへ行けば見られるのかとたずねた。ハリーは、彼らがキャヴァーンという地元の地下クラブにレギュラー出演していることを教えた。
すべてはここから始まったのだ。 (この項つづく)
■「日本の新しい音楽1975~ "New Music" from 1975」発売!
スージー鈴木氏の大好評連載が書籍化されました!Amazonでも好評発売中です!
■著者最新刊「日本ポップス史1966-2023~あの音楽家の何がすごかったのか」 絶賛発売中!Amazonでのお求めはこちらから
■好評連載「沢田研二の音楽1980-1985」をまとめた「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」(日刊現代/講談社)発売中!


















