「24時間テレビ」の真裏で「バリバラ」が示した“感動ポルノ”の弊害
彼女は、障害者を扱った映像を健常者が見れば、「自分の人生は最悪だが、下には下がいる。彼らよりはマシだ」と感じるかもしれないと指摘。そして障害者が「健常者に勇気や感動を与えるための道具」となっている状態を「感動ポルノ」と呼び、その弊害を訴えた。
さらに「バリバラ」は、テレビが「障害者の感動ドキュメント」を仕立てるプロセスを、ユーモアを交えて解説した。まず「大変な日常」を見せ、次に「過去の栄光」と「障害という悲劇」を描く。その上で、「仲間の支え」によって「ポジティブに生きる」現在を見せれば、一丁上がり。これを「不幸で可哀想な障害者×頑張る=感動」という方程式として示した。
番組のアンケートでは、「障害者の感動的な番組」について、障害者の90%が「嫌い」と回答した。衝撃的な数字である。問題は、テレビの作り手だけではない。私たち視聴者の側にも、この「感動の方程式」を受け入れる素地がある。作り手と受け手の“共犯関係”だ。
当時、「バリバラが24時間テレビを批判」と話題になったが、これは単純な批判ではない。テレビが生み出す障害や障害者の固定化されたイメージを、作り手も受け手も自己検証してみませんか、という提案だったのだ。


















