津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

ペスト大流行を生んだ巨大モンゴル帝国 盛衰のカギは銀だった

公開日: 更新日:

 みなさんは、クビライ(写真①)を知っていますよね。

 教科書などでは「フビライ」となっていますが、近年ではクビライと表記することが多くなりました。元寇の時のモンゴル帝国の大ハーンですね。そのクビライに関連して問題です。写真②は、いったい何か分かりますか?

「偽造する者は死刑に処する」などと書かれています。実はモンゴル帝国で発行された「至元通行宝鈔」という紙幣でした。

■クビライの懐柔

 本来であればクビライは大ハーンになれなかったはずの人物でした。しかし、兄で大ハーンのモンケ(位1251~59年)が1259年に遠征先の中国(南宋)で亡くなったことで、次の大ハーンの位を末弟のアリク=ブケと争います。ちなみに「ハーン」とは主に遊牧民の君主が名乗る称号です。

 地図③をご覧ください。クビライをはじめとするモンゴル帝国の皇族たちは、ユーラシア各地で戦っており、本拠のモンゴル高原にいたのがアリク=ブケでした。アリク=ブケは、有力な長たちを集めた「クリルタイ」という会議を開いて大ハーンに即位します。

 これに対し、中国方面を転戦していたクビライは、各地の武将たちを集めながら別の「クリルタイ」を開催し、同じく大ハーンと称しました。モンゴル帝国では、クビライとアリク=ブケという実の兄弟による帝位をめぐる争いになったのです。

 争いに勝利したクビライは大ハーンの地位を獲得し、アリク=ブケ派の勢力に対して毎年多額の銀を与えることで懐柔してゆきました。

■南宋攻略作戦と「元寇」

 写真④は何かお分かりになりますか? きっと皆さんも知っている“あれ”です。長崎県鷹島沖の沈船から引き揚げられた「てつはう」です。

 権力の座に就いたクビライは、南宋攻略作戦を展開します。実は日本へのいわゆる「元寇」は、その一環としておこなわれたものでした。クビライが日本に宛てた国書の写しが残されており、それを読むと日本征服ではなく、日本との交易や外交関係の樹立を求めていることが分かります。南宋を孤立させて包囲するための政策だったのです。しかし、当時の日本の政治を担当していた鎌倉幕府の執権である北条時宗は、モンゴルからの使者を切り捨ててしまいます。これが「文永の役」(蒙古襲来)を引き起こしました。

 クビライはその後、南宋を滅ぼして中国の征服に成功すると、もう一度日本への遠征(弘安の役)を命じますが、兵士の多くは旧南宋の兵だったため、士気が低く、撃退されてしまいます。

■ヒト・モノの中心地

 さて、地図⑤をご覧ください。モンゴル帝国はクビライ直下のユーラシア東方(いわゆる元)と、ユーラシア西方のハン国との連合体として、ゆるやかな統合を実現します。そして陸上のネットワークである「ジャムチ」と呼ばれる駅伝制によって軍事的・経済的に結ばれました。また、海の交易ルートも発展し、陸においても海においてもイラン人やアラブ人らのムスリム商人を中心にヒトやモノが行き交いました。

 その中心点となったのが、クビライが建設した大都(現・北京)でした。ジャムチのルートと海の交易ルートは大都でひとつにつながり、東西円環ネットワークが大都を中心に出来上がりました。近代以後に生み出される「世界経済」の先駆けが13世紀のユーラシア全域において、モンゴル帝国のもとに実現したのです。

 図⑥は大都の簡略図です。中央南に宮殿があり、街の中を運河が貫いて物資が集まるようになっています。さらに中央には「積水潭」という人工の湖があり、港まで造られています。都の北半分が草原となっていたのは興味深い点です。クビライはここに天幕を張り、寝泊まりしていました。さすがは遊牧の民ですね。

■マルコ=ポーロの驚き

 ここで、クビライの時代の大都を訪れたとされるヴェネツィアの商人マルコ=ポーロの言葉を見てみましょう(資料)。モンゴル帝国では紙幣(写真②)を発行し、それですべての物を購入できるようにしました。

 この紙幣は、クワ科に属する楮の皮から作られたため、和紙に近い紙であったと考えられます。クビライは紙幣価値の信用を担保するため、金・銀の売買を禁止すると共に、専売品である塩を紙幣で購入することを義務付け、また、銀と紙幣を兌換できるようにしました。つまり、銀で納められる税を基軸として、その集められた銀にもとづいて紙幣を発行していたのです。モンゴル帝国のどこに行っても通用・流通する紙幣は、現代世界で言えばドルやユーロに相当する基軸通貨のようなものだったのでしょう。

 そして、その経済的なつながりはモンゴル帝国の枠外にある日本、東南アジア、インド、アフリカ、ヨーロッパにも及んでいたことを忘れるわけにはいきません。まだ高校の教科書に「日元貿易」という言葉は盛り込まれていませんが、それは空前の規模でおこなわれており、当時の日本には多くの銅銭(宋銭)がもたらされていました。

■気候変動から崩壊へ

 しかし、残念ながら「モンゴルの平和」は長くは続きませんでした。教科書などで言われる経済政策の失敗や、モンゴル貴族のぜいたくなども理由と言えますが、避けがたい世界的な気候変動に原因がありました。

 全地球的な寒冷化は世界各地で凶作や天変地異を引き起こします。人々の抵抗力が低下すると共に、モンゴルによる統合でヒトの交流が促進された結果、14世紀半ばには黒死病(ペスト)の大流行が各地で見られるようになります。いわゆるパンデミックの始まりでした。

 そして、モンゴルの経済運営も限界を迎えます。最大の要因は、ユーラシア規模での経済を回すには基軸通貨たる銀の不足を解決できなかったからでした。銀で繁栄したモンゴル帝国は、銀によって衰退していったのです。(つづく)

■もっと知りたいあなたへ

クビライの挑戦 モンゴル海上帝国への道
 杉山正明著(朝日選書1995年)

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