津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

コロンブスは欲望の権化だった 先住民から見れば自分たちを支配する「違法移民」

公開日: 更新日:

 写真①は1490年に描かれた「マルテルス図」と呼ばれるものです。そこで質問です。この世界地図をヨーロッパ目線から分析してください。何が分かるでしょうか?

■マルテルス図

 まず、アメリカ大陸が描かれていません。オーストラリアや南極の存在も知られていませんでした。また、アフリカ大陸の西海岸沿いが判明し、南端を喜望峰と名付けていました。

 ポルトガルのバルトロメウ=ディアスが1488年に喜望峰に到達し、アフリカ大陸を回ることでアジアに行けそうだ、ということが分かったのです。さらに、大地の果てには海があり、ヨーロッパから西に行けば、アジアの海につながっていることが想定されるようになりました。

■出遅れたスペイン

 いわゆる「大航海時代」(近年では「大交易時代」とも言われる)をヨーロッパ側で切り開いたのがポルトガルでした。先に書いた通り、アフリカ大陸の西海岸を探検し、喜望峰に到達していました。その背景にはオスマン帝国やマムルーク朝などのイスラーム勢力を経由せず、直接アジアの香辛料(香薬)を確保したいという思惑がありました。

 これに対し、イスラーム勢力に対するキリスト教勢力の反撃、すなわち「レコンキスタ」(再征服活動)を継続して出遅れたスペイン(地図②)は、アフリカ経由ではないアジアとの交易ルートの開拓に迫られました。

■女王との利害一致

 イタリア・ジェノヴァの船乗りであるコロンブスは、自らをスペイン女王のイサベルに売り込んでいました。同じイタリアの天文学者であるトスカネリによる最新の学説に基づき、西回りの方が早くアジアに到達できる、と説いたのです。

 実はジェノヴァは、地中海の交易を巡り、ヴェネツィアとライバル関係にありました。しかし、争いに敗れ、新しい交易ルートの開拓を進めていたのです。コロンブスは、そのうちのひとりでした。ここにイサベルとコロンブスの利害は一致し、両者は契約を交わすこととなりました。

■サンタ・フェ協約

 資料に見られる「ドン・クリストーバル・コロン」はコロンブスを、「両陛下」はスペインの国王であるフェルナンド2世とイサベル1世を指します。冒険航海にきっちり契約書を交わすところは、いかにもヨーロッパ的ですね。契約ではコロンブスを、新たに発見した土地の副王にして総督に任命すること、そこで獲得した貴金属や香辛料の1割をコロンブスに与えることが認められました。一方、冒険航海のパトロンとしてコロンブスに資金援助する国王の取り分は9割とされました。

 いかがでしょう? まだ見ぬ土地の支配権や獲得した物産の権利の分配を約束するなんて、人間の欲望の醜い部分が赤裸々に出ているようで、なんだか恥ずかしいですね。しかし、このような欲望が原動力となり、命がけの冒険が1492年に始まるのです。

【資料】

「サンタ・フェ協約」1492年4月

 一つ、両陛下はドン・クリストーバル・コロンを、前記のごとく、同人が大洋にて発見もしくは獲得するすべての島々における両陛下の副王にして総督に任じ給うこと。(中略)

 一つ、真珠、貴石、金、銀、香辛料をはじめ、その種類や名称、形状を問わず、それなる提督職の管轄内において購入、交換、獲得、あるいは取得される一切の物産と商品に関し、両陛下は、爾来、ドン・クリストーバル・コロンに恩恵を授け給い、要した費用を差し引いたのち、全体の十分の一を同人に与え、取得させ給うこと。すなわち、収支がつき自由になるところより同人にその十分の一を与え、取得させ、同人の自由に委ね、残る十分の九を両陛下の取り分とされること。(後略)

■航路の謎

 地図③はコロンブスの第1回航海を示すものです。さて、これを見て疑問に思うことはありませんか? 西回りでアジアに行くなら、スペインの港であるパロスから、まっすぐ西に進めばいいと思うのですが、コロンブスはなぜかカナリア諸島まで南下してから進路を西にとっています。一体、なぜでしょうか?

 その答えは、地図④から分かります。北大西洋海流を逆行することは当時の船では不可能で、実はスペインから真西に進めなかったのです。コロンブスは自身の航海経験から、カナリア海流の先には北赤道海流があり、それをつかむことができれば西に進めることを知っていました。つまり、トスカネリによる大地球体説と、大西洋の海流の存在という、最新の科学的知識を基に、西へ冒険航海をしたのです。したがって、コロンブスの航海は決して偶然の産物ではなかったのです。

 ただしコロンブスも、どこまで西に進めばアジアにたどり着けるのかは知りませんでした。なお、緯度と水平に西航していたものが途中から、やや南へと航路を修正したのはトスカネリの想定した地図に記された「黄金の国ジパング」を目指したからでした。

■サンサルバドル

 コロンブスの冒険航海は途中で船員たちの反乱を抑え込みながら、71日間に及びました。陸地にたどり着いたコロンブスは、「見事、ポルトガルより先にアジアへ到着した」と信じました。

 皆さんは、アジアではなくアメリカ大陸だったことをご存じだと思いますが、コロンブスはそこをアジア(インディアス)であると信じました。もしくは、信じようとしたと言った方がいいかもしれません。最初の上陸地をキリスト教の神に感謝し、サンサルバドル(「聖なる救世主」)と名付けました。

 写真⑤はコロンブス到着の100年後に描かれたものです。想像が多分に含まれていますが、コロンブスたちの認識をよく示しているものと考えます。つまり、もともと住民が住んでいるところ(現地の言葉ではグアナハニー島)を、勝手に「サンサルバドル」などと名付けたり、十字架を建てて占領を宣言したり、はたまた先住民を野蛮な姿で描いたりと、ヨーロッパ優位の考え方がすでに表れています。先住民に対する差別意識が見え隠れしてはいないでしょうか。

■先住民の権利に光

 コロンブスは各地で黄金や香辛料を探し求めます。もちろん見つかるはずもなく、そのかわりに先住民を支配して植民地経営に乗り出しました。しかしこれも、先住民の反乱を受けて失敗に終わります。力ずくでの支配はしっぺ返しを食らうことになりました。

 時代は下り、現代のアメリカ合衆国では、先住民の歴史や権利に光をあてようとする動きが、少しずつではありますが進み始めています。写真⑥に写っているのは、大陸発見を祝う「コロンブス・デー」(10月11日)に抗議する人々です。右のプラカードにはコロンブスの肖像と共に「犯罪者」「テロリスト」、左にはコロンブス入植を「違法移民だ」と書いています。先住民のコロンブスに対する見方がよく分かりますね。500年が過ぎてようやく、多角的な視点が求められる時代がやってきたのです。

■もっと知りたいあなたへ

「コロンブス」増田義郎著
(岩波新書 1979年)
 品切れ中

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