津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

メキシコ銀と日本銀が世界経済をつくった

公開日: 更新日:

 東大入試問題 2004年2月の東京大学の入試において、【資料】の論述問題が出題されました。設問で問われている「16~18世紀における銀を中心とする世界経済の一体化の流れ」とは、一体何なのでしょうか? この問題を手がかりに考えてみましょう。なお、文章の中に傍線が引いてある単語は、論述問題における指定用語を表します。

 ◇  ◇  ◇

【資料】1985年のプラザ合意後、金融の国際化が著しく進んでいる。1997年のアジア金融危機が示しているように、現在では一国の経済は世界経済の変動と直結している。世界経済の一体化は16、17世紀に大量の銀が世界市場に供給されたことに始まる。19世紀には植民地のネットワークを通じて、銀行制度が世界化し、近代国際金融制度が始まった。19世紀に西欧諸国が金本位制に移行するなかで、東アジアでは依然として銀貨が国際交易の基軸通貨であった。この東アジア国際交易体制は、1930年代に、中国が最終的に銀貨の流通を禁止するまで続いた。

 以上を念頭に置きながら、16~18世紀における銀を中心とする世界経済の一体化の流れを概観せよ。解答は480字以内とし、下記の8つの語句を必ず1回は用いたうえで、その語句の部分に下線を付せ。なお( )内の語句は記入しなくてもよい。

 グーツヘルシャフト(農場領主制)、一条鞭法、価格革命、綿織物、日本銀、東インド会社、ポトシ、アントウェルペン(アントワープ) 東京大学 2004年

 ◇  ◇  ◇

■新技術と価格革命

 いわゆる大航海時代に、アメリカ大陸はスペインの植民地とされました。そこを踏み台として、16世紀のスペインは大国になるのですが、その際に重要な役割を果たしたのが南米ボリビアのポトシ銀山(写真①)と、メキシコのサカテカス銀山でした。

 世界最大規模の銀山が次々と発見され、さらには「水銀アマルガム法」という新しい技術も開発された結果、大量の銀の精錬が可能となりました。このアメリカ大陸の銀はヨーロッパに運ばれ、インフレーションをともなう価格革命を引き起こして経済を活性化させました。

■ヨーロッパの変容

 また、アフリカ大陸南端の喜望峰を回るアジア航路の開拓は、北イタリアなどの地中海沿岸よりも、ベルギーのアントウェルペンといった大西洋岸の港市の急成長を促すなど、国際交易の中心地が移動する商業革命をもたらしました。そして、毛織物産業の発展するアントウェルペンに羊毛を供給するイギリスが経済成長を遂げてゆきます。

 さらに価格革命の進展により貨幣価値が低下したことで、固定地代で生活する領主が経済的に没落する一方、経済力を蓄えた農民が登場します。国王を中心とする主権国家の形成へ向かう原動力となりました。そして、人口が増加する西欧地域に安価な穀物を提供するため、ドイツやポーランドなどの東欧地域では、農民に対する無償労働の強制(賦役)に基づき、グーツヘルシャフトと呼ばれる大農場経営が発展しました。この結果、商工業を主とする西ヨーロッパと、農業を主とする東ヨーロッパという、東西分業体制による経済の一体化が銀の流入と共に構築されてゆきました。

■石見大森銀山

 この時代におけるもうひとつの銀の大生産地は、意外なことに日本でした。戦国時代における土地開発の促進と経済活性化の中、石見大森銀山や但馬生野銀山が開かれたのです。その背景には、朝鮮半島から伝来した「灰吹法」という新しい工業技術が導入され、銀の精錬が可能となったことがあげられます。

 この日本銀は、アメリカ大陸のアカプルコから太平洋を横断してもたらされるメキシコ銀と共に、中国へと大量に流入しました。日本の戦国大名たちは、自らを権威づけるために絹織物を必要としており、それは中国からもたらされていたのです。

 写真②は日本でつくられた丁銀、写真③はメキシコ銀です。ちなみにスペイン人はアカプルコ貿易で、ガレオン船にメキシコ銀を載せてフィリピンのマニラに行き、そこに来港する中国商人が持ち寄った絹や陶磁器と交換してアカプルコに帰還していました。さらにポルトガルも、アメリカ大陸から大西洋を越えてヨーロッパに流入した銀を携えて中国に来航したため、当時の中国にはメキシコと日本という銀の2大産地から銀が集まるようになっていました。

■明から清へ

 中国では、民間に流入する銀を中央政府が吸収するため、銀で税を徴収する新たな仕組みが登場します。明代の一条鞭法や清代の地丁銀制がそれです。中国古来の人頭税が消滅してゆき、土地税を銀で納入する制度が発展しました。これによって政府は財政基盤を強化することに成功しますが、銀の流入は弊害も生み出しました。

 例えば日本銀やメキシコ銀が流入する寧波近辺の沿海部では、国際交易を担う海上勢力が力を付け、明は取り締まりに苦慮します。その勢力は後に台湾を拠点として清朝に最後まで抵抗を続けた鄭氏一族へとつながってゆきました。また、政府が集めた銀が軍事費として北方の軍政地帯に運ばれた結果、高麗人参や貂皮の取引で経済力を高めた満州人のヌルハチが台頭してゆきます。

 明から清への王朝交代の背景に、銀が一役買っていたのです。(地図、グラフ④)

■2つの「東インド会社」

 17世紀に入ると株式会社方式を採用して巨大な資本を集めたオランダ東インド会社が、東南アジアの香辛料貿易を独占してゆきます。

 1623年にオランダがイギリスの東インド会社を襲撃した「アンボイナ事件」により、ライバルだったイギリス勢を駆逐することに成功し、多くの銀を東南アジアに運びました。東南アジアの香辛料貿易から追い出されたイギリスの東インド会社は、18世紀になるとインドの綿織物をヨーロッパへと運びます。その決済通貨となっていたのも銀でした。

 この結果、イギリスからインドへの銀の流出を止めるため、綿織物の自国での生産というモチベーションが高まり、綿工業分野における産業革命が進展してゆきます。しかし、そのイギリスも中国との貿易では茶を大量に輸入し続けたので、相変わらず銀は中国へと流出し続けました。

■17世紀の危機

 前回のテーマでご紹介したモンゴル帝国とは異なり、アメリカ大陸と日本からの銀の大量供給は、世界経済の形成と安定に貢献しました。しかし、2つの銀は17世紀になると徐々に枯渇してゆき、世界経済の冷え込みに影響を与えるのです。折しも、地球的な気候の寒冷化(マウンダー極小期)によってヨーロッパでは「17世紀の全般的危機」と呼ばれる社会的に不安定な時期となります。また、中国では明が滅亡して清へと交代するなど、ユーラシアにおいても大きな変動をもたらしました。

 銀の世界的な流通と共に、世界史は大きく転換したのです。そして19世紀になると、欧米諸国において金本位制が確立してゆき、銀から金への移行が進むのでした。

■もっと知りたいあなたへ

世界史リブレット13 東アジアの『近世』
 岸本美緒著(山川出版社1998年)802円

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