いつから帰省は“試練”になった?「結婚はまだ?」に心が削られるアラフォー世代の憂鬱
年末年始の魔法はどこへ?
子どもの頃、年末年始はワクワクする特別なイベントだった。でも大人になった今は、疲弊してしまった人も多いのではないでしょうか。アラフォー女性の気持ちの変化とは?
友人の由紀(39)は、12月に入ると決まって少し憂うつそうな顔をする。
「年末年始ってさ、昔はあんなに楽しみだったのにね。今はもう、“無事に乗り切る期間”でしかない」
子どもの頃の年末年始は、ただの楽しいイベントだった。学校は休み。宿題はあるけれど、それすら特別感があった。お正月には親戚が集まり、お年玉をもらい、テレビは特番だらけ。
夜更かしも許されて、「一年の終わりと始まり」には、なぜか魔法がかかっている気がしていた。
由紀も例外ではなかったという。
紅白を見ながら家族でみかんを食べ、元旦は少し早く起きて初詣。大人たちがバタバタしている横で、子どもはただそこにいるだけでよかった。
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休みなのに休まらない!
でも、大人になると、その立場はあっさり逆転する。年末が近づくにつれ、頭に浮かぶのはワクワクではなく現実だ。
帰省の予定、交通機関の混雑、親戚への手土産。 久しぶりに会う人たちとの、気まずくもある時間。
「結婚はまだ?」「仕事は順調?」「子どもは考えてないの?」
悪気がないのは分かっている。ただ、それを何年も繰り返されると、年末年始は“休み”ではなく“試練”になる。
由紀は言う。
「休みのはずなのに、全然気が休まらないんだよね」
実家に帰れば、親は親で心配してくる。親戚は近況報告という名の品評会を始める。笑顔で受け流しながらも、心の中では小さく疲弊していく。
子どもの頃は、“何もしなくていい存在”だった。大人になった今は、“ちゃんとしているか見られる存在”になる。 それだけで、年末年始の意味は大きく変わってしまった。
さらに厄介なのは、周りが「せっかくの休みなんだから楽しみなよ」と言ってくることだ。楽しめない自分が悪いような気がして、また少し疲れる。
由紀はふと、こんなことを言っていた。
「大人になるって、行事がご褒美じゃなくて、タスクになることなんだね」
本当にその通りだと思う。片付け、大掃除、挨拶、予定調整、気遣い。年末年始は、やることリストが増える時期になった。
誰も明確には言わないけれど、“大人としてきちんとしているか”を静かに測られる期間。だから、年末年始が苦手になったとしても、それは自然なことだ。
夢や期待がなくなったわけじゃない。ただ、背負うものが増えただけ。
大人として生きてきた証拠
由紀は最近、帰省の日程を短くしたという。無理に全てに参加せず、自分の時間も確保するようにした。
「全部ちゃんとやろうとしなくていいんだって、やっと思えた」
それを聞いて、少し救われた気がした。
年末年始がしんどいと感じるのは、ちゃんと大人として生きてきた証拠でもある。無邪気に楽しめなくなった代わりに、人の気持ちも、場の空気も、現実も見えるようになった。
自分だけがおかしいわけじゃない
だからもし、今年の年末年始が憂うつでも、「自分だけおかしい」と思わなくていい。それは、イベントが終わったからじゃない。人生のフェーズが変わっただけだ。
静かにやり過ごす年末年始も、何も予定を入れないお正月も、立派な“大人の選択”なのだと思う。年末年始が“試練”に感じられるようになった私たちは、きっとそれだけ、ちゃんと大人になったのだ。
そして同時に、「無理をしない」という選択肢を、やっと自分に許せる年齢にもなったのかもしれない。
完璧でなくていい
昔のように、ただ流れに身を任せていればよかった時間は終わった。その代わりに、どこまで頑張るか、どこで線を引くかを、自分で決められるようになった。
帰省を短くしてもいい。聞きたくない話題から、そっと距離を取ってもいい。
年末年始を“完璧にこなす大人”である必要なんて、本当はどこにもない。
試練のように感じる行事の中で、自分を守る選択ができるようになったこと。それもまた、大人になった証なのだと思う。
(おがわん/ライター)


















