認知症を患った大物女優が挑む最後の舞台

公開日: 更新日:

「喝采」

「正月映画」といえば昔は年末封切りで年越し興行する大作や人気シリーズのことだった。しかしいまや若者ばかりか老人まで盛り場をうろつくのが祝日の娯楽。正月映画は文芸物の小品をミニシアターで見るのが似合いになった。

 そんな今年の年頭を飾るのが松の内が明けてすぐの「喝采」。ブロードウェーきっての大物女優がひさびさにチェーホフ「桜の園」の主演に臨む。だが、稽古中に彼女の認知症が露見。本人は否定するも隠し通せず、制作陣との間にただならぬ緊張が走る。米演劇界の女王と目されるだけに万が一失敗すると興行も名声も地に落ちるのだ。

 この難しい主人公役がひところ重度のうつ病を伝えられたジェシカ・ラング。きつくなった顔つきがむしろ役柄に見合うが、特筆すべきは助演陣。長年連れ添った秘書役にキャシー・ベイツ、昔はちょっといい仲だった友人役にピアース・ブロスナン。彼らの達者な芝居が重苦しい筋立てに柔らかみを与える。

 あまり知られていないが、本作は認知症に苦しんだ名優マリアン・セルデスの実話が下敷き。舞台一筋だった彼女が病に侵された姿を暴いたドキュメンタリー映画が強い批判を浴び、傷ついたセルデスの名誉を回復する意図をこめて製作されたのが本作だ。

 そのための設定に「桜の園」を選ぶあたりがマイケル・クリストファー監督ほか製作陣の粋なところだろう。没落する名家を描くチェーホフの名作は悲劇とも喜劇ともつかない繊細さが命。その微妙なあわいを、認知症が進んだ彼女の主観描写を交えることでまるで幸福な物語のように幻覚させて表すのである。

「桜の園」の訳は多数あるが、神西清訳「桜の園・三人姉妹」(新潮社 572円)がやはり定番。小野理子訳の岩波文庫版によると物語の舞台はウクライナのハリコフ(ハルキウ)付近らしいという。

 〈生井英考〉

【連載】シネマの本棚

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ前監督・吉井理人氏が佐々木朗希を語る「“返事もしなかった頃”から間違いなく成長しています」

  2. 2

    矢沢永吉ライブは『永ちゃんコール』禁止で対策も…B'z『客の大熱唱』とも通じる“深刻な悩み”

  3. 3

    ロッテ前監督・吉井理人氏が大谷翔平を語る「アレを直せば、もっと良く、170kmくらい投げられる」

  4. 4

    阿部監督のせい?巨人「マエケン取り失敗」の深層 その独善的な振舞いは筒抜けだった

  5. 5

    藤川阪神の日本シリーズ敗戦の内幕 「こんなチームでは勝てませんよ!」会議室で怒声が響いた

  1. 6

    オコエ瑠偉 行方不明報道→退団の真相「巨人内に応援する人間はいない」の辛辣

  2. 7

    ロッテ前監督・吉井理人氏が2023年WBCを語る「大谷とダルのリリーフ登板は準決勝後に決まった」

  3. 8

    松任谷由実が矢沢永吉に学んだ“桁違いの金持ち”哲学…「恋人がサンタクロース」発売前年の出来事

  4. 9

    ドラマー神保彰さん ミュージシャンになるきっかけは渋谷109オープンだった

  5. 10

    ロッテ吉井理人監督の意外な「激情時代」 コーチの延々続く説教中に箸をバーン!殴りかからん勢いで…