著者のコラム一覧
権藤博野球評論家

1938年12月2日、佐賀県鳥栖市生まれ。鳥栖高からブリヂストンタイヤを経て61年に中日入り。1年目に35勝19敗、防御率1.70という驚異的な成績を挙げ、最多勝や沢村賞などタイトルを総ナメに。連投に連投を重ねる姿に「権藤、権藤、雨、権藤」の流行語が生まれた。68年に現役引退後は各球団の投手コーチを歴任。横浜で初の監督に就任した98年にはいきなりペナントを制し、38年ぶりの日本一に導いた。

阪神藤川監督の常識外れの一手に思わずニヤリ…不振の佐藤輝明を3番から4番にした途端、打棒爆発

公開日: 更新日:
本塁打の佐藤輝明を迎える藤川監督(C)共同通信社

 希代のストッパーは、やはり腹が据わっている。

 阪神の藤川球児新監督(44)に感心したのは、佐藤輝明(26)の使い方である。

 今季は3番でスタート。開幕戦の第1打席で本塁打を放ったものの、その後は15打数無安打と音なしが続いた。たまに目の覚めるような一発を打つ一方、三振の数はハイペースで増えていく。4月12日の時点で打率は.191まで下がった。常にタイガースの快勝を願う在阪メディアの間では、「打順降格は時間の問題」との声も出始めたと聞いていた。

 さて、藤川監督、どうするかーー。そう思っていたら、次の4月15日のヤクルト戦からなんと、佐藤輝を4番に据えた。

 思わず、「おぬし、やるな」とニヤリとしてしまったのは、私が監督だったら同じことをすると考えていたからだ。

 横浜の監督になって3年目の2000年、開幕から5番を任せていた駒田徳広が絶不調に陥ったことがあった。2000安打まであと73本として迎えたこの年、早く記録を達成したいという思いもあったろう、当てにいくようなスイングを繰り返し、バットが振り切れない。誰が見ても状態は良くなかった。5番打者の大ブレーキに、たまりかねた当時の打撃コーチがこう言ってきた。

「権藤さん、駒田の状態は悪すぎます。打順を下げましょう」

 私は即答した。

「それだけは絶対にやらない。打順を替えたいのなら、 

この記事は有料会員限定です。
日刊ゲンダイDIGITALに有料会員登録すると続きをお読みいただけます。

(残り624文字/全文1,225文字)

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  2. 2

    巨人・桑田二軍監督の電撃退団は“事実上のクビ”…真相は「優勝したのに国際部への異動を打診されていた」

  3. 3

    クマ駆除を1カ月以上拒否…地元猟友会を激怒させた北海道積丹町議会副議長の「トンデモ発言」

  4. 4

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  5. 5

    クマ駆除の過酷な実態…運搬や解体もハンター任せ、重すぎる負担で現場疲弊、秋田県は自衛隊に支援要請

  1. 6

    露天風呂清掃中の男性を襲ったのは人間の味を覚えた“人食いクマ”…10月だけで6人犠牲、災害級の緊急事態

  2. 7

    高市自民が維新の“連立離脱”封じ…政策進捗管理「与党実務者協議体」設置のウラと本音

  3. 8

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 9

    恥辱まみれの高市外交… 「ノーベル平和賞推薦」でのトランプ媚びはアベ手法そのもの

  5. 10

    引退の巨人・長野久義 悪評ゼロの「気配り伝説」…驚きの証言が球界関係者から続々