広島1位・平川蓮 甲子園常連高の名将の父が明かす「ドラ1」の育て方

公開日: 更新日:

平川蓮(仙台大・21歳・外野手)

 平川の父で北海高(北海道)野球部監督を務める敦さん(54)は1998年に就任し、今年で28年目を迎えた。

 甲子園出場は春3回、夏8回。2016年夏にはチームを準優勝に導いた名将だ。北海高時代は投手として89年夏に聖地の土を踏んだが、進学した北海学園大では野球部に入部しなかったという。

「自分なりに実力を考えてやめました。僕らの代は人数が多く、自分の希望する大学に行くことも難しかった。そんなとき、恩師(大西昌美前監督)に誘われ、大学に通いながら母校で学生コーチをやることになりました」

 90年4月から北海高の学生コーチを務め、大学卒業後に地元の百貨店に就職した。敦さんが言う。

「就職氷河期の一番初めの世代。1年間就職浪人して、24歳で『丸井今井』(札幌本店)に就職しました。就活は結構、苦労しました。丸井今井では3年間勤め、紳士服売り場で販売や雑務を担当しました。その後、北海高校に戻ってからは職員として2年間働き、その間に社会科の教員免許を取得。今は公民を教えています」

 98年、27歳という若さで硬式野球部の監督に就任。翌99年にはいきなり、夏の甲子園出場を果たした。

 名将を父に持つ平川は小学4年で野球を始めた。

 幼稚園の頃は水泳サッカーを習っていたが、1歳年上の兄・悠さん(23)が小学5年の時に自宅近くの少年野球チーム「円山リトルジャイアンツ」で野球を始め、後を追った。中学では軟式野球部に入ったが、強豪校の監督である父の影がのしかかった。敦さんは言う。

「いろんな場面で(私の存在のことを)言われてきたと思う。“親子鷹”でやられてきた方々もかなりたくさんいますが、難しいこともたくさんある。同じ環境でやるのはどうなんだろう……というのは、本人より僕の方が強かったかもしれません。兄の時と同様、進路について話し合う中で、自分のところでやるよりは他の高校でやった方がいいんじゃないかと思った。最終的には本人に決めさせましたが、僕が札幌国際情報はどうだ? と勧めたのは確かです。練習もしっかりやるところですから」

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