張本勲さんを後輩・高橋善正氏が悼む「私が完全試合を達成できたのはハリさんのおかげだったんです」
完全試合を達成した時、最後の打者が…
「東映の投手は、『なるべくハリさんの守る左翼には打たれないようにしよう』という意識があった。ただ、それで助かったこともある。私が完全試合を達成した時(71年8月21日、西鉄戦)、最後の打者が左翼に痛烈な当たりを放った。これは抜かれると思いましたが、ハリさんは自分でも守備が苦手と思っていたので、常に左翼後方を守っていた。これが奏功し、フェンス直撃という当たりをあっさりと捕球。ハリさんに助けられました」
豪快で酒好きのイメージも強いが、「それほど強くはなかったようです。よく年上の土橋正幸さんや西園寺昭夫さんと飲みに行っていましたが、ハリさんが先に酔いつぶれて、いつも2人に担がれて宿舎に帰ってきた」(高橋氏)という。
王、長嶋のように、キャンプでは練習後も宿舎の自室で素振り。しかし、ONとは違う点がある。
「ハリさんは必ず同室の選手を『入ってくるなよ』と閉め出してから、素振りをしていた。王さんや長嶋さんは、人前でも気にせずにバットを振っていた。当時は『人気のセ、実力のパ』と言われたものですが、セと比べるとパは個性的な選手が多かった。いくら同僚といえども、技術を盗まれたくなかったのでしょう」(高橋氏)


















