張本勲さんは「夢でひらめき、飛び起きて素振り」 現役時代に明かしていた「安打製造機」の苦悩と執念
「なあヤマ、3度も首位打者を取るとどんな球でも打てると思うだろ。そんなことはないんだぞ。オレにだって調子が悪いときはある。数字を追って悩み、苦しむとな、夢の中にも自分のスイングが出てくるもんさ」
「夢の中にですか?」
「そうさ。東映のユニホームを着た張本がポッカリ浮かんでくるのさ。そこで自分の打つ姿を客観的にみると、“コレだ”とひらめくこともある。そんなときはすぐに寝床から飛び起きて、ブンブン素振りを始めるもんよ」
当時の張本さんは、すでに日本球界を代表する名バッターだった。どんな球に対しても左肩が下がらず、両脇が締まりインパクトまで水平にバットが出る。広角に打ち分ける技術は球界屈指で、そのバッティングは「スプレー打法」と呼ばれていた。
そんな打撃の名人が、打てないと悩み苦しみ、夢の中にまでスイングが出てくるという。入団4年目のボクはまだまだ甘いと思った。
今、大沢(啓二=元日ハム監督)さんと某テレビで「喝!」とスポーツ界をしかっている「御意見番」は、お腹がプックリ出ているが、この頃の張本さんはスマートでチームきっての俊足だった。シーズン終盤になって首位打者争いが激しくなると、打率を維持するために三塁線や一、二塁間にうまく転がしバントヒットを狙う。セーフになって一塁ベース上に立つと「これが伝家の宝刀だ!」と叫んで得意満面だった。


















