張本勲さんは「夢でひらめき、飛び起きて素振り」 現役時代に明かしていた「安打製造機」の苦悩と執念
山崎裕之氏による「思い出の球人球談」(第3回=2006年)を再公開
「安打製造機」と称され、日本プロ野球史上唯一の通算3000安打を達成した張本勲さんが亡くなった。打席で見せた勝負への執念、歯に衣着せぬ物言い、そして人情味あふれる素顔。球界に大きな足跡を残した張本さんは、身近に接した人々にどんな記憶を刻んだのか。
過去に日刊ゲンダイで掲載された山崎裕之氏による「思い出の球人球談」(第3回=2006年)を再公開する。年齢、肩書などは当時のまま。
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現役時代、六本木に顔なじみの中華料理店があった。フカヒレスープのおいしいお店で年に2、3度通っていた。
久々にその店を訪れると、奥のテーブルに張本(勲)さんの姿を見つけた。昭和43年、3度目の首位打者に輝いた東映(現日ハム)の“暴れん坊”は、丸テーブルいっぱいに大皿を並べて知人らと上機嫌に語り合っている。ボクの姿に気づくと張本さんはすかさず立ち上がり、「オイ、ヤマ、こっちへこい」といって手招きした。
「オレは左の長嶋だ」と豪語する“打撃の職人”は、ボクが隣に座ると、案の定、野球談議を始めた。


















