岩手県雫石町 宮沢賢治を魅了した秘湯と大規模農場
盛岡市の西隣に位置する雫石町は、県のシンボル岩手山をはじめとする山々と、なだらかな裾野が広がる牧歌的なまちだ。面積は東京23区とほぼ同じ。その8割は標高300メートルを超える。容赦のない暑さから逃れようと緑豊かな美しい自然に飛び込んだ。
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岩手県出身の詩人で童話作家の宮沢賢治は、岩手山と周囲の自然美に魅せられていたという。生涯で30回以上は登頂し、創作活動につなげてきた。
岩手山の南麓にある網張温泉にも、1910(明治43)年の初登頂の秋から何度も立ち寄っている。この時は「網張へ至り翌日小岩井をかかりて帰宿」と父・政次郎に手紙で報告。秋も深まりはじめた頃で湯守はおらず、寝具もなかったため、温泉と焚き火で暖を取り過ごしたそうだ。
網張温泉は奈良に平城京が建造された頃に発見されたと伝わる古湯。明治に入って本格的に開発され、広く湯治場として知られるようになった。1965(昭和40)年からは全国にリゾートホテルを展開する休暇村が管理。標高2038メートルの岩手山の西側にある火口跡の源泉から標高760メートルの「休暇村 岩手網張温泉」まで2キロの距離を引湯管で運ばれて「網張五湯」に分配されている。
5つの湯はそれぞれ趣が異なるが、絶対に外せないのが秘湯「仙女の湯」。森の中にある野趣あふれる混浴の野天風呂だ。
簡素な脱衣所で服を脱いで、岩を積み上げた湯船に体を沈める。目の前は滝で、落ちた水は沢を通って麓まで流れてゆく。身一つで自然が奏でる水の音を受け止めていると、浮世の悩みなど雲散し、気持ちが軽くなるようだ。
展望風呂付きの和洋室がオープン
今年7月、「休暇村 岩手網張温泉」に展望風呂付きプレミアム和洋室が登場した。盛岡のまちを眼下に一望できるテラスや半露天の風呂を備えたレイアウトで、ミニキッチンに洗濯乾燥機まで完備している。 長期滞在も可能なワンランク上の特別室だ。
同ホテルでは昨年7月にロビー階もリニューアルしている。パノラマが広がる景色を眺めながらゆったりと過ごせるように、平野側は総ガラス張りに改装。「テラス&ダイニング岩手山」としてオープンした。
新しいダイニングでは、シェフが目の前でステーキを焼き、天ぷらを揚げ、寿司を握る。冷麺、じゃじゃ麺、南部そばの盛岡三大麺も用意。ビュッフェスタイルで提供されるのは岩手の食材をふんだんに使った海の幸、山の幸ばかりで、ついつい食べ過ぎてしまう。
(住)雫石町長山字小松倉14-3
(℡)019-693-2211
https://www.qkamura.or.jp/iwate/
東京ドーム640個分の広さ
雫石を代表する観光スポットの「小岩井農場」は、三菱の創業者・岩崎弥太郎を補佐した小野義真、三菱の2代目社長の岩崎弥之助、そして日本の鉄道の父といわれた井上勝--創業者3人の名字から1字ずつ取って名付けられた。国内最大級の農場だ。
もとは木もまばらな不毛の原野で、馬や人の力だけで開墾し、1891(明治24)年に開場した。面積は3000ヘクタール。東京ドーム640個分で、山手線内の半分ほどの広さというから驚く。
宮沢賢治は、この緑豊かな広大な農場にも度々訪れている。長編詩「小岩井農場」は1922(大正11)年5月に同地を訪問した際のスケッチだ。同作で賢治は、現在も使用されている農場のシンボル「本部事務所」について、「本部の気取つた建物が桜やポプラのこつちに立ち」と書いている。
建ったのは1903(明治36)年。同農場に21棟ある国の重要文化財のひとつでもある。
穀物類乾燥庫として1916(大正5)年に完成した「四階倉庫」も重要文化財だ。その名の通り木造4階建ての巨大な倉庫で、当時開通したばかりの電気で動くエレベーターも中央に設置されている。大黒柱がない構造だが堅固で、「東日本大震災の時でもガラスが数枚割れた程度」(観光部営業マネジャーの畑中裕之さん)だという。
やはり重要文化財の「一号牛舎」は1934(昭和9)年に建てられた。機械化などの改良を重ねながら、現在も68頭の乳牛が暮らしている。農場には2700頭の牛が飼育されていて、一号牛舎には乳の出がいい乳牛がそろっているそうだ。
観光エリアの「まきば園」では、牛舎で搾ったばかりの低温殺菌牛乳を味わうことができる。濃厚で甘さを感じられる極上の飲み物は、持ち帰りができず、通販もやっていない。ここでしか体験できない特別な恵みだ。
(住)雫石町丸谷地36-1
(℡)019-692-4321
https://www.koiwaifarm.com
岩手山の伏流水で仕込んだ銘酒
創業は1772(安永元)年。県内最古の酒蔵「菊の司酒造」は4年前、雫石に移転した。最新の機械と設備を導入し、地元で栽培された酒造好適米と岩手山の伏流水を使用。勘だけに頼らず、米のうまみを感じられる日本酒を醸している。
蔵の名前を冠した「和の酒 菊の司」は燗でいただきたい辛口の酒。搾りたての無濾過生原酒をそのまま瓶詰めした「innocent」シリーズは、みずみずしい吟醸香が鼻に抜け、軽やかな後味が舌を包む。日本酒の粕を再発酵し蒸留した焼酎「だだすこだん」は優しい口当たりが特長だ。
全国新酒鑑評会や全米日本酒歓評会、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)など、国内外のコンテストで金賞を受賞してきた酒の数々は、蔵で試飲し、購入することができる。
(住)雫石町長山狼沢11-1
(℡)019-693-3330
https://kikunotsukasa.jp
地元で愛される冷麺
岩手の焼き肉屋ではディナータイムでも冷麺だけを食べる客は珍しくない。むしろ普通だ。店員も慣れたもので、オーダーを取る際は「何にします?」ではなく「焼きます?」と聞く。まずは黙ってロースターの火をつけて、というサービスマニュアルは存在しないのだ。
そんな“冷麺ラバー”が主流派となる県民たちから熱烈に支持されているのが、「焼肉・冷麺 髭」である。国道46号で雫石から盛岡に向かう途中にある人気店でお昼時は行列必至だ。
牛骨のうまみが溶け出したスープは少し甘めだが軽やかで、ツルツルモチモチの麺との相性が抜群にいい。別添えの辛み(カクテキ)を加えて上から酢を回しかけると、あとはもう箸が止まらなくなる。どんどん食べ進めていた。
なるほど、この味なら焼き肉がなくても満足できる。南部の人の気持ちがわかった気がした。
(住)盛岡市繋字尾入野47-15
(℡)019-689-2805
http://www.yakiniku-hige.jp


















