人生の方がボクシングに似ている どん底の“ヒーロー物語”

公開日: 更新日:

 あらゆるスポーツの中で最も悲劇的なのはボクシングだ、と言ったのは米国の女性作家ジョイス・キャロル・オーツ。今週末封切りの「サウスポー」はこの言葉をハリウッド流に描くとこうなるという見本のようだ。

 王位を極めて豪邸を手にした孤児院育ちのチャンプが、挑発に乗って最愛の妻を死なせてしまう。墜ちた王者は、もがけばもがくほどさらに墜ちて忘れ形見の娘すら失う。果たして彼は再起できるか――という話で、要は“どん底のヒーロー”物語。

 宣伝はやたら「泣ける」話とあおっているが、どんな強いボクサーでも一瞬の隙が命取り。つまり怒りに駆られて拳を出した時点で彼はもう負けていたという教訓とみれば、実は人生のほうがボクシングに似ているのだ。

 このボクサーの世界をフィリピン・マニラのジムに住み込んで描き出したのが石岡丈昇著「ローカルボクサーと貧困世界」(世界思想社 4200円)。マニー・パッキャオのようなスターに上り詰めることもなく、貧困地域に隣接するジムの内外で暮らしを営むプロや予備軍のボクサーたち。ジムの2人のトレーナーはそれぞれチームを擁し、朝のロードワークから練習法、住み込みの日常秩序まで違った流儀でボクサーを育てる。ボクシングはリングの上でも下でも「自己管理」が求められる孤独なスポーツだが、それを体にしみこませる過程は集団儀礼そのものなのだ。

 社会学の専門書で一般向きではないものの、じっくり読むとボクシング小説やノンフィクションが色あせて見えるはず。そのぐらい深くて面白い若手学者の達成。〈生井英考〉

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  2. 2

    横綱・大の里まさかの千秋楽負傷休場に角界から非難の嵐…八角理事長は「遺憾」、舞の海氏も「私なら出場」

  3. 3

    2026年大学入試はどうなる? 注目は公立の長野大と福井県立大、私立は立教大学環境学部

  4. 4

    東山紀之「芸能界復帰」へカウントダウン着々…近影ショットを布石に、スマイル社社長業務の終了発表か

  5. 5

    「総理に失礼だ!」と小池都知事が大炎上…高市首相“45度お辞儀”に“5度の会釈”で対応したワケ

  1. 6

    大関取り安青錦の出世街道に立ちはだかる「体重のカベ」…幕内の平均体重より-10kg

  2. 7

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  3. 8

    義ノ富士が速攻相撲で横綱・大の里から金星! 学生相撲時代のライバルに送った痛烈メッセージ

  4. 9

    同じマンションで生活を…海老蔵&米倉涼子に復縁の可能性

  5. 10

    独立に成功した「新しい地図」3人を待つ課題…“事務所を出ない”理由を明かした木村拓哉の選択