「奥様はクレイジーフルーツ」柚木麻子氏

公開日: 更新日:

 夫はヤル気満々なのに「妻が応じてくれない……」というセックスレスはよくある話だが、本書はその逆。したくない夫にヤキモキする“したい”妻の姿をコミカルに描いた12の連作短編である。

「大学で専攻していたフランス文学をきっかけに不倫小説をいろいろ読んできたんですが、主人公の女性たちって皆、すごくレベルが高いんですよ。精神的に大人で、孤独に飛び込む勇気があり、道を外れる勇気もある。それを黙っている賢さもあり、夫とは会話がないのに、他の男性とは小粋な会話もできちゃうんです。つまり、不倫っていうのは“子供”には務まらないんだなって(笑い)。でも現実には、精神的に子供のまま結婚した女性もいるわけで、そういう人がどう性欲や夫婦に向き合っていくのか、というのを描いてみました」
 主人公の初美は30歳。5歳年上で女性誌の編集者である夫・啓介と結婚して3年目。歩くときは手をつなぎ、ハグやキスも欠かさない仲の良さだが、激務の夫は4カ月も“その気”になってくれず、初美はモンモンとする毎日だ。

 そんなある日、初美は大学の同級生・羽生君と偶然再会。奥さんと“レス中”という羽生君に酔っぱらった勢いで乳房を揉みしだかれた初美は、その心地よさに濡れてしまう。初美は、「幸せな生活を守るためには、性欲のハケ口が必要だ!」と一大決心をするのだが……。

「初美は浮気願望はあるけれど、夫への後ろめたさから実行することができません。そこで隙あらば夫を襲おうとするんですが、仕事で疲れている夫を見ると寝かせてあげたい気持ちになってしまうんですね。片や、夫もお勤めを果たそうと妻の乳房を触った瞬間、しこりを発見し、それどころじゃなくなってしまう。夫婦として大切にいたわり合うほどエロさからは遠ざかっていくんですね」

 夫とのセックスレスは記録を更新し続け、ヤリたい気持ちをぐっと抑える初美はついに妄想を爆発させる。

 視線が合うだけで「この人とセックスしたら」と想像し、久しぶりに会った義弟に誘われているのでは? と妄想を膨らませる。乳房を触診する女医にまでムラムラしたかと思えば、向かいのマンションから予備校生が初美のしどけない姿をのぞいていたことを知れば、うれしく思う――。

 自己完結型の初美の姿やふと漏らす本音がリアルかつ、なんともユーモラスな筆致で描かれている。女性の心理描写に定評のある著者ならではだ。

「女性にも性的欲求はあるし、妄想だってします(笑い)。ただ、初美の性欲はお腹が減ったから食べたいという類いのもので、だからこそ日常に普通にセックスがあってほしいと思っているんですね。そもそも女性は、家の中という安全な場所でセックスするのがいいんですよ。でも思春期の頃から性的なこと=家庭外という情報を浴びてきた男性にとっては、セックスは非日常。住宅事情なども相まって、家庭とエロが相反するのは日本の文化ですね」

 時を重ね、夫婦関係は変わっていく。初美はひとつの境地にたどり着き、夫にも変化が――。

「知らない人とセックスするほうが刺激的かもしれないけれど、古女房と何とかしようとするってかっこいいし、そのほうがエロいなと思いますね。迫る初美、あるいは迫られる夫・啓介にご自身の姿を重ねたり、同志だと思って楽しんでもらえたらうれしいですね」(文藝春秋 1300円+税)

▽ゆずき・あさこ 1981年、東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。08年「フォーゲットミー、ノットブルー」で第88回オール読物新人賞受賞、15年「ナイルパーチの女子会」で第28回山本周五郎賞受賞。著書にベストセラーになった「ランチのアッコちゃん」「伊藤くんAtoE」「本屋さんのダイアナ」など多数。

【連載】著者インタビュー

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    冷静になれば危うさばかり…高市バブルの化けの皮がもう剥がれてきた

  2. 2

    すい臓がんの治療が成功しやすい条件…2年前に公表の日テレ菅谷大介アナは箱根旅行

  3. 3

    歪んだ「NHK愛」を育んだ生い立ち…天下のNHKに就職→自慢のキャリア強制終了で逆恨み

  4. 4

    高市首相「午前3時出勤」は日米“大はしゃぎ”会談の自業自得…維新吉村代表「野党の質問通告遅い」はフェイク

  5. 5

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  1. 6

    「戦隊ヒロイン」ゴジュウユニコーン役の今森茉耶 不倫騒動&未成年飲酒で人気シリーズ終了にミソ

  2. 7

    維新・藤田共同代表に自民党から「辞任圧力」…還流疑惑対応に加え“名刺さらし”で複雑化

  3. 8

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  4. 9

    志茂田景樹さんは「要介護5」の車イス生活に…施設は合わず、自宅で前向きな日々

  5. 10

    NHK大河「べらぼう」に最後まで東洲斎写楽が登場しないナゼ?