著者のコラム一覧
ダンカンお笑いタレント・俳優・放送作家・脚本家

本名・飯塚実。1959年、埼玉県毛呂山町生まれ。落語家を目指し立川談志に弟子入り。「立川談かん」として活動した後、たけし軍団入り。お笑いタレント、俳優、放送作家、脚本家と多才で、現在はTAPの専務取締役。

普段の俺はカツラじゃありませんから!

公開日: 更新日:

 前回、「スーパーJOCKEY」(日本テレビ系)の「ガンバルマンズ」で自分の頭よりサイズの大きいヅラ(カツラ)をかぶってきてしまった空手の先生が回し蹴りなどのアクションをするたびにヅラがクルクルクル~と回転したという人間ドラマ(?)をしたためたが、今回は俺自身がツルツルツルリ~ンのスキンヘッドになったドラマ(人間ドラマじゃなくてテレビドラマでーす!)の話を紹介するのだ。

 タイトルは「ザ・決断!スペシャル第3弾~八重山商工野球部物語~熱血監督と少年たちの“奇跡のドラマ”」(テレビ東京系)という甲子園ドラマ。実際にあった、朝起きられない、練習はサボるという高校球児たちを熱意だけで甲子園に出場させた(日本中が沸きました)やたら明るくスキンヘッドというキャラクターの伊志嶺吉盛・八重山商工野球部監督を、主役で演じさせていただいた2008年の夏のお話です。

 出演者は他に山田親太朗くんや大和田伸也さんらだったのですが、面白かったのは大和田さんで、ロケ地の石垣島で会った途端に「いや~! ダンカンくんが監督だっていうから、面白そうと思って仕事受けたのにさ~」「えっ、俺、監督ですよ!!」「嘘!! 監督じゃないよ!!」「いえいえ、八重山商工の監督の伊志嶺さんが俺ですって!!」「あー! そっちの監督かあ!? いやボクは演出、ドラマ監督だとばかり勘違いしてたんだよねえ……」という笑い話もありまして(俺、「七人の弔」〈05年〉で映画監督〈脚本・主演〉もやったことあるんです)、撮影へと突入していったのでした。

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