いま傾聴したい世界的名医の箴言 終末期を描いた映画「愛する人に伝える言葉」主治医役
ガブリエル・サラ氏に聞く
末期がんで余命は長くて1年。動揺し打ちひしがれる中年男の母親に、主治医はそう告げる。終末期の家族をめぐる仏映画「愛する人に伝える言葉」のワンシーン。リアルかつ感動的と評判なのは、説得力のある言葉でサポートする医師役ガブリエル・サラ氏は現役の専門医にして、世界的名医なのである。
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――「不当な病」になった息子への罪悪感を母親は募らせますが、実はそういう近親者こそ、患者の負担になると。
「そう。皆さん往々にして、少しでも長く生きて欲しい、できれば病に打ち克って、元気になってと求めます。とても理解できるのですけど、終末期の患者はそれで追い詰められ、へとへとになります。もう解放されたいと思っても口にできず、先立つことを赦されない上、さらに病に打ち克つことを期待されるのですから。自分のことではなくて、遺される人のことを考えてストレスを募らせる。そんなヒーロー・シンドロームに苦しんでしまう。完治を望めない状況ならば、それを受け入れてあげる。そして、がんには負けてしまうけれど、もういいんだよと、旅立つ赦しをこそ与えるべきなんです」
――そんな患者に「もういいよ」と周りに言わせてあげるのも、医師の仕事であると。
「とりわけ終末期は医療措置と同じくらい、メンタルケアが必要です。エモーショナルヘルス(情緒的健康)が、とても大切な部分を占めるんですね。そもそも、死というものが、あってはならない、忌み嫌うものと捉えていませんか? 死が辛く、見苦しいものである必要はないのです。平和に平穏に最期の時を迎える、美しい死は叶いますと言いたいですね」
■見守る家族の言うべき言葉は「頑張れ」ではなく、「もういいよ」
――そういうケアを受けても、主人公の男は「何もやり遂げていない」と言い、「誰にも必要とされていないし、誰も幸せにできなかった」と人生を悔やみます。
「多くの方が、そういう思いに苛まれます。後悔や心残りのない人生を送られている人もいるのでしょうけど、主人公バンジャマンのように、自己肯定感の低い方が普通かもしれない。でもそうであれ、残りの時間でそれに立ち向かうことはできますよね。私はこれを『人生のデスク整理』と呼んでいます。心残り、ずっと思い続けながらやれなかったこと、ひとつずつ振り返り整理していくと、不思議と、死を受け入れる態勢が整っていく。夢の実現は叶わなくても、まあできる範囲でやったじゃないか、生まれて生きてきただけで良かったと思えるようになるんです。心が平穏になれば、リビングウィルが明確になっていく。そうして、患者は後ろ暗かった人生に打ち克ち、人生のヒーローになり得るのです」
■人生のデスク整理とマラソンコーチ
――茨の道ではあっても、死は避けられなくても、希望はあると。
「病は薬と精神で治すと言えます。大変な旅路ですが、いい精神性、あるべき姿勢で臨み、平穏に逝くには、マラソンが例になるかも知れません。決められたタイム内での完走を目指すならば、食事の管理や水の飲み方、トレーニングの仕方などに熟知したコーチが必要ですよね。メンタルヘルス、エモーショナルヘルス(情緒的健康)もそう。最も大切なことは、患者の価値を認めるということ。威厳を維持するということ。私たち医師はそこからはじめ、ゴールまで導くコーチであり、パートナーだと思っています」
――映画では、ダンサーを招いて公演会を開いたり、ギタリストが病室を回るシーンがあります。
「ミュージック・セラピーの効果は絶大ですよ。痛みが取り除かれるわけではないけれど、和らぐ。吐き気さえも緩和する力があります。私の患者で、半年間の化学療法を拒否した方がいました。ところがミュージック・セラピストによって、化学療法を受けると決意し、やり遂げた。ときにたくさんの言葉で説明するよりも、音楽は饒舌なんですね。ミュージック・セラピストは、音楽を使うサイコセラピスト(心理療法士)なのです」
――日本の医療機関では、タンゴも弾き語りもまず見られません。
「私のところでは、患者とセラピストが音楽をつくったりもしていますよ。点滴が終わると鳴るアラーム音も、誰もがリラックスするメロディにしたら、看護師のケアも円滑になると好評です。ICUの呼吸器も、音楽との組み合わせで管や機械につながれている状況を改善できると思う。間もなく研究結果が発表されますが、とにかく音楽の力は計り知れず、いろんなやり方で取り入れて欲しいと思います」