著者のコラム一覧
碓井広義メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。81年テレビマンユニオンに参加。以後20年、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶應義塾大学助教授などを経て2020年3月まで上智大学文学部新聞学科教授。専門はメディア文化論。著書に「倉本聰の言葉―ドラマの中の名言」、倉本聰との共著「脚本力」ほか。

脚本家・山田太一は人間と社会の「実相」を見つめ続けた 名作群は今こそ見るべき

公開日: 更新日:

山田ドラマに登場する人物は市井の人たちばかり

■劣等感を生きる青春群像「ふぞろいの林檎たち」

「ふぞろいの林檎たち」(TBS系、83~97年)の主人公、仲手川良雄(中井貴一)は“四流大学”に通う学生だ。友人の岩田健一(時任三郎)や西寺実(柳沢慎吾)と共に「ワンゲル愛好会」をつくり、外部の女子大生に接触しようとする。

 有名女子大の水野陽子(手塚理美)、宮本晴江(石原真理子)、谷本綾子(中島唱子)が加入するが、本当の女子大生は綾子だけだ。陽子と晴江は看護学校の生徒であることを隠していた。いつも女子大生より低く扱われることへの反発だった。

 このドラマが秀逸だったのは、「劣等感を生きる若者たち」を正面から描いていたことである。学歴や容貌に不安や不満を感じて苦しむ若者たち。たとえば、会社訪問をすれば学歴差別は当たり前で、大学によって控室も違った。

 彼らは、今でいうところの「負け組」に分類され、浮上することもなかなか許されない。何より、本人たちが自分の価値を見つけられず、自ら卑下している姿が痛々しかった。

 放送された80年代前半、世の中はバブルへと向かう好景気にあった。誰もが簡単に豊かになれそうなムードに満ちていた。しかし、「ふぞろい」な若者たちにとって、欲望は刺激されても、現実は甘くない。その「苦さ」と、きちんと向き合ったのが、このドラマだった。その後、30代になった彼らを描くパート4まで、14年にわたってシリーズが続いた。

■震災と被災者に向き合う「時は立ち止まらない」

「時は立ちどまらない」(テレビ朝日系、2014年)は、東日本大震災をテーマとする、いわゆる震災ドラマだった。ただし山田太一が書く以上、薄っぺらな「絆」や「つながり」、安易な「涙」に満ちた「いい話」にはなっていない。

 震災で妻と息子の嫁と結婚を控えた孫を失った老人(橋爪功)が言う。援助される自分は「ありがとうと言うしかない」。だがそんな立場は「俺のせいか?」とも思う。「他人の世話になるのが嫌なんだ」という告白も飛び出す。そこにあるのは支援される側の“心の負担”の問題だ。

 また被災地に暮らしながら、家も家族も無事だった男(中井貴一)は、何も失っていないことに“罪悪感”を抱いている。「不公平だ」とさえ言い、「自分の無事が後ろめたいんです」と悩んでいる。さらに、支援する側の「そうそう他人の身になれるか」という“反発心”も、山田は見逃していない。

 震災から3年。復興には程遠い状況にもかかわらず、被災地以外の世間では、すでに風化の兆しさえ見え始めていた。そんな中で、山田は「相反する思い」が同居する当事者たちの心情を、巧みなストーリーとセリフで描いていく。本当の意味での「絆」を問いかけた問題作だ。

 山田ドラマに登場する人物は、いずれも市井の人たちだ。彼らの喜び、悲しみや痛み、そしてずるさや邪心も丁寧にすくい上げていた。その日常の中から静かに浮上してくるのは、人間と社会の普遍的な「実相」だった。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 芸能のアクセスランキング

  1. 1

    亡き長嶋茂雄さんの長男一茂は「相続放棄」発言の過去…身内トラブルと《10年以上顔を合わせていない》家族関係

  2. 2

    上白石萌音・萌歌姉妹が鹿児島から上京して高校受験した実践学園の偏差値 大学はそれぞれ別へ

  3. 3

    「時代と寝た男」加納典明(17)病室のTVで見た山口百恵に衝撃を受け、4年間の移住生活にピリオド

  4. 4

    中居正広氏に降りかかる「自己破産」の危機…フジテレビから数十億円規模損害賠償の“標的”に?

  5. 5

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?

  1. 6

    “バカ息子”落書き騒動から続く江角マキコのお騒がせ遍歴…今度は息子の母校と訴訟沙汰

  2. 7

    “名門小学校”から渋幕に進んだ秀才・田中圭が東大受験をしなかったワケ 教育熱心な母の影響

  3. 8

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  4. 9

    「こっちのけんと」の両親が「深イイ話」出演でも菅田将暉の親であることを明かさなかった深〜いワケ

  5. 10

    長嶋一茂が父・茂雄さんの訃報を真っ先に伝えた“芸能界の恩人”…ブレークを見抜いた明石家さんまの慧眼

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?

  4. 4

    上白石萌音・萌歌姉妹が鹿児島から上京して高校受験した実践学園の偏差値 大学はそれぞれ別へ

  5. 5

    “名門小学校”から渋幕に進んだ秀才・田中圭が東大受験をしなかったワケ 教育熱心な母の影響

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    今秋ドラフト候補が女子中学生への性犯罪容疑で逮捕…プロ、アマ球界への小さくない波紋

  3. 8

    星野源「ガッキーとの夜の幸せタイム」告白で注目される“デマ騒動”&体調不良説との「因果関係」

  4. 9

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  5. 10

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも