著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

好きなロックバンドを持たなかった自分の青春は、日暮泰文の死でようやく終わった。そんな気がする。

公開日: 更新日:

 青春はいつ終わるのか。

 それを「好きなバンドが解散すること」と定義したのは、たしか小説家の樋口毅宏さんである。

 いつだったか酒場でこの話題になり、居合わせた連中全員がひとりひとり「解散した好きなバンド」の名を挙げることになった。特に指定したわけでもないのに、挙がるのは日本のロックバンドばかり。あ、オアシスと言った人もひとりいたっけ。青春を仮託するほど思い入れのあるロックバンドを持たぬぼくは、早くこの話題が終わるようにと密かに念を送るも力およばず。ついに自分の番となり、腹を括って「トニー・トニー・トニー」と米国の黒人R&Bバンドを挙げたのだが……しーん。予想通りのしらけた空気が流れる。やっぱりなぁ。早く終わってほしい話題を終わらせたのは、皮肉にも自分自身だったという笑い話。

 そう。ある世代以上の日本人にとって、ブラックミュージックはお呼びでない場面は珍しくない。マーケットシェア1%以下と言われるブルースとなるとなおさらだ。そんな「ブルース」を社名にいただく会社「ブルース・インターアクションズ(現Pヴァイン)」を高地明さんと共に立ち上げた日暮泰文さんが、5月30日に亡くなった。享年75。独自の視点と圧倒的な修辞力を備えた音楽評論家としても多くの著作を残した。

 日本最大のカタログ数を誇るインディペンデントレーベルに成長したPヴァインの歩みは、そのままこの国における黒人音楽の受容史だ。同社の公式HPによれば沿革は以下の通り。1975年、ミニコミ誌『ザ・ブルース』の商業雑誌化を目的とし、有限会社ブルース・インターアクションズを東京都世田谷区に設立。76年、外国レコード会社と原盤契約のもとにLPを発売する独立レーベル「Pヴァイン」を設立。ブルースをはじめとしたブラックミュージックのリリースを展開し、後続インディーレーベルの草分け的存在に。79年、外国アーティストの招聘業務開始。またこの頃から、アメリカに留まらずカリブ、アフリカ地域のポピュラー音楽も販売して「ワールドミュージック」ブームの先取りをしてきた。邦楽にも進出し、キングギドラ、そしてクレイジーケンバンドで破格の成功を収める……こんな具合。2007年にはスペースシャワーネットワークの完全連結子会社となり、創業者の日暮・高地両氏は退任。〈日本ブルース人生双六〉があるとすれば、大きな創業者利益を手にしたであろう両氏はその上がりの姿かもしれない。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「豊臣兄弟!」白石聖が大好評! 2026年の毎週日曜日は永野芽郁にとって“憂鬱の日”に

  2. 2

    川口春奈「食べ方が汚い」問題再燃のお気の毒…直近の動画では少しはマシに?

  3. 3

    あの人「なんか怖い」を回避する柔らかな言葉遣い

  4. 4

    自分探しで“変身”遂げたマリエに報道陣「誰だかわからない」

  5. 5

    (1)高齢者の転倒は要介護のきっかけになりやすい

  1. 6

    2度目の離婚に踏み切った吉川ひなの壮絶半生…最初の夫IZAMとは"ままごと婚"と揶揄され「宗教2世」も告白

  2. 7

    「誰が殺されてもおかしくない」ICE射殺事件への抗議デモ全米で勃発

  3. 8

    解散総選挙“前哨戦”で自民に暗雲…前橋出直し市長選で支援候補が前職小川晶氏に「ゼロ打ち」大敗の衝撃

  4. 9

    業績悪化で減収減益のニトリ 事業の新たな柱いまだ見いだせず

  5. 10

    チンピラ維新の「国保逃れ」炎上やまず“ウヤムヤ作戦”も頓挫不可避 野党が追及へ手ぐすねで包囲網