M-1王者・たくろうが「面白くない」人に伝えたい。現役芸人が圧倒された“凄まじさと名人芸”

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コクハク

「M-1グランプリ2025」王者はたくろう

 漫才師の頂点を決める「M-1グランプリ」(朝日放送テレビ)が12月21日に開催。結成9年目のたくろうが優勝を掴んだが、SNSでは賛否が渦巻いている。

 かつて年間100本以上のライブに出演し、自身もライブ主催者の経験もあるという現役の芸人・帽子田は「たくろうの優勝は順当」と語る。そこで今回は「たくろうのネタの凄さ」について解説する。

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芸人界隈では「いつか優勝する」と囁かれていた

 今年のM-1も面白かった。ヤーレンズ、エバース、ママタルト、ヨネダ2000、真空ジェシカなどの決勝経験者、めぞん、豪快キャプテン、ドンデコルテなどの初進出者が出場。そんな実力者たちを抑えて、初出場のたくろうがM-1王者に輝いた。

 全体的な感想としては、チャンピオンのたくろうはもちろん、最下位のめぞんまで大いにウケたレベルの高い大会だったと思う。実は芸人界では、準決勝のレベルも高かったせいか、今年のM-1進出者について異議を唱える人も多かった。

 だが蓋を開ければ、正真正銘、歴代最高レベルに盛り上がった大会だっただろう。僕はエバースの1本目で彼らの優勝を確信したが、たくろうが2本目のネタでひっくり返したのを見てM-1の楽しさを再確認させられた。

 たくろうは今年こそダークホース扱いだったが、芸人の世界では「いつかは絶対優勝する」と囁かれていたし、中川家の剛さんも「たくろうが面白い」と昔からかなり買っていたのだ。個人的には優勝に「文句なし!」である。

 しかし、SNSを見ると「たくろうは面白くなかった。なぜ優勝した?」という意見が結構多かった。

 世論が今までの王者に反対意見を述べる場合は、「普通に面白かったけど、別に1位じゃない」という論調だったが、たくろうに関しては「本当に面白くない」という声がちらほら見て取れた。

 ということで今回は、現役芸人の立場から「たくろうの凄まじさ」について解説しようと思う。

一部で「笑えない」という声があがる理由

 たくろう反対派の意見をまとめてみると、「大喜利漫才だったが、それにしては答えが弱い」「素人っぽすぎて笑えない」などのコメントが多かった。

 僕が思うに、反対派がたくろうの弱点として挙げているポイントは、実はたくろうの強みである。ただ、お笑いは「共感」の芸だ。自分の感性やこれまでの人生経験に合致しなけば、とことん分かり合えないのが「漫才」なのだ。

 たくろうの漫才は共感を求める側面が非常に強い。簡単に言うとドンピシャでリアルな陰キャが言いそうな所を突いて、それに共感して笑ってもらうという軸でやっている。

 それ故に一遍の曇りもなく明るい人生を送ってきた人や、お笑いに馴染みがなく見方が分からない人にとっては、笑いにくい芸風だったのだろう。

「大喜利が弱すぎる」という意見については、「それも計算ずくですよ」と言いたい。きむらバンドの振りに対して、赤木が面白い答えを返す、というのが基本的なシステムなのだが、明らかに答えに強弱をつけている。

 この「弱」が気に食わない人も多かったのだと思うのだが、実はこの「弱」が漫才の機微を強調している。

 皆様ご存じの通りだと思うが、漫才には台本がある。強い大喜利まみれのネタだと、この台本感が強くなって客が引いてしまうのだ。

 たくろうは絶妙なタイミングで「今考えたんじゃないか?」と思わされるような生っぽい弱い大喜利を意図的に入れ込むことによって、台本を感じさせないリズム感を生み出している。これは並みの漫才師がやろうものなら、めちゃくちゃ冷めてしまう諸刃の剣である。

 加えて、その弱い大喜利も、噛み締めるとセンスを感じる答えであり、漫才に深みを出している。まさに名人芸だ。

絶妙な演技と演出が笑いを誘う

 また、たくろうは漫才で大事な演技も非常にうまい。細かく見てみると分かるが、赤木は時々ボケながら小さく笑ってしまうような仕草を入れている。「こんな答えをする自分が情けない」「苦し紛れで言っちゃったが、自分でも良くなさ過ぎて笑っちゃう」と言いたげな表情も見せている。

 これが漫才の「生っぽさ」を演出し、より笑いを誘うのだ。今までにこの手法を使っている芸人は少なく、いたとしてもたくろうがダントツにうまい。

 あとは丁度よい挙動不信感も、絶妙でたまらない。「たくろうのネタは漫才じゃない。コントだ」という意見もあったが、正真正銘漫才師で、間違いなくトップレベルの技術をもっている芸人だ。

「素人が言っている」ように見せる凄さ

 僕が考えるに、「たくろうは素人っぽくて笑えない」という人は、お笑いになじみがなく「素人が面白いことを言っている」ように見せる技術のすごさや面白さを感じられないという部分があるのかもしれない。

 だがそれはもちろん仕方のないことで、どんなエンタメでも10割の人を笑わせることは難しい。ただたくろうは2~3割の「笑えない」人を切り捨てて、7~8割の「笑える」人にターゲットを絞ったネタ作りをしているのだろう。それ故に「笑える」人にとっては、深く刺さる漫才になっているのだと思う。

 また、たくろうが面白くない理由としてバズっているポストもあった。投稿主は「やりとりが一辺倒」「漫才特有の掛け合いがない」と主張していた。

 ただ漫才はルールなんてなくて、やりとりが一辺倒でも掛け合いがなくてもいい。本当に面白くて、その場を制圧すれば勝ちなのだ。これが基本的な考えであることを忘れてはいけない。

 エバースや真空ジェシカなどの実力と人気を兼ね揃えたコンビを抑えて、知名度のないたくろうが決勝の場で一番ウケたことが、何よりの優勝の裏付けなのだ。

 実際にM-1決勝の場に観覧に行ったお笑いファンが、「今までに見た漫才の中で最もウケていた」と言っていた。それが何よりの答えである。芸人の世界でも「たくろうの優勝は間違いだった」という人はひとりもいない。

夢をかなえた人を祝福してほしい

 もしも「たくろうの漫才がつまらなかった」という方は、「自分の好みじゃなかった」という表現に変えてみてほしい。その方が適切な表現だと思うし、漫才をより楽しめると思う。

 そして純粋にお笑いだけに情熱を注ぎ込み、夢をかなえた若者を祝福してほしい。お笑いだけは分断を生まないエンタメであってほしいと思う。

 何はともあれ、来年のM-1が非常に楽しみである。

(帽子田/芸人、ライター)

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