月亭八光の芸名の由来は「“親の七光”のもうひとつ上の八」いまや若手からは本当に慕われる存在に
月亭八光
「息子やねん、(収録を)見せたって」。お父さんの月亭八方師匠のテレビ収録の見学に来た時は、まだ高校生。消え入るような声で「どうも……」と目も合わさずに頭を下げるだけのめちゃくちゃシャイな高校生でした。
それから数カ月、八方師匠に弟子入りして「月亭八光」になった彼はテンション高く「月亭八光と申します。どうぞよろしくお願いいたします!」とまるで別人になっていました。
芸名は八方師匠いわく「“親の七光”のもうひとつ上の八で、八光。そんなもん使えるもんはなんでも使わな! 生き残っていかれへんねんから、オレが利用できるとこではどんどん使たって」と存分に七光をアピールされていました。そう言いながら、裏では「ナンボ八方の息子でも、おもろなかったら仕事なんかくれへんねんから覚悟はしとけよ。あとはおまえの努力次第や」とクギを刺していました。
一時期「師匠と弟子」の関係をキッチリさせようと、言葉遣い、立ち振る舞いも変えてみたものの……元来が形にこだわらない八方師匠、いつのまにか楽屋でも父子に戻っていて、その様子がほほえましくて好きでした。そんな中、シャイな青年は先輩や師匠方をホメまくる“ヨイショの八光”に豹変。「やっぱり本多先生の書かはるネタはおもろいですわ!」「またうまいこと言うて!」「いやいや、ホンマですて! 他の作家さんとは一味違います! 阪神巨人さんのネタも」「見てへんやろ?」「見てなくてもわかります」という具合。


















