月亭八光の芸名の由来は「“親の七光”のもうひとつ上の八」いまや若手からは本当に慕われる存在に
八方師匠の息子ゆえ、最初は周囲も「ちょっと八光くん?」と、くん付けで遠慮気味。そんな特別待遇を「ヨイショ攻撃」で潰しにいき、いじられながら距離を詰めていったのではないかと思います。おのずと「八光とおったらなんか気持ちええねん」と食事に連れていってもらったり、番組のゲストに呼んでもらったり、周囲から可愛がられるようになりました。
本職の落語も積極的に違う師匠のところへ出向いてネタの稽古をつけてもらい、弟弟子にあたる月亭方正(山崎邦正)くんと二人会を開いたり、落語会へも定期的に出演したりと「父・月亭八方」の看板がなくても立派に認められる存在になっていきました。
コロナ禍に行われた笑福亭仁鶴師匠の追悼落語会の大喜利では、私も構成を担当させてもらいましたが、八光くんは若手の落語家たちをしっかり牽引。礼儀正しさと生来の優しさに人が集まり、若手からは本当に慕われる存在になっていました。
噺家としてはこれからが本当の勝負。テレビのリポーターやラジオのパーソナリティー、劇場でのイベント出演等々がすべて身になって八光落語をつくっていくことでしょう。好漢・月亭八光に期待したいと思います。




















