『アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン』目の前で曲を仕上げミックとキースを触発させた
アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』(1963年11月22日)⑧
■『アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン』
かつて「彼氏になりたい」という邦題が付いていた。
天下のローリング・ストーンズとの競作で、世に出たのはストーンズ版のほうが先。
なのでビートルズ版は、厳密に言えばセルフカバーということになる。
リズム感を比べてみると面白い。ストーンズ版の方が「縦ノリ」、ビートルズ版の方が「横ノリ」というか、スイングしているのが感じられるだろう。
そんな2バンドによる縦のリズムと横のリズムが交錯して、イギリスからアメリカへ、世界制覇へと向かっていく。
ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズの目の前で、ジョンとポールがこの曲を仕上げたのは有名な話。触発され、曲作りに目覚めたミックとキースが、たった2年後に、あの『サティスファクション』を作るのだから、いい時代である。
■『ドント・バザー・ミー』
ミックとキースが、ジョンとポールの曲作りに触発されたなら、ジョージはもっと触発されていたはずである。
ジョージが最初に書いた曲。いかにも「小品」という感じで、同じくジョージの歌う『デヴィル・イン・ハー・ハート』同様、このアルバムの中で、もっとも素通りされる作品だろう。
しかしコード進行を確認すると、なかなかに野心的なのだ。
「やいジョン、ポール、首洗って待ってろ」ということだろう。名曲『サムシング』まであと6年、いや、たった6年。
■『デヴィル・イン・ハー・ハート』
この曲もジョージがリードボーカル。
ザ・ドネイズというガールグループの曲らしい。そしてこのグループは、ヒットしなかったこの曲を限りに解散したらしい。それでもビートルズ様がカバーしてくれたおかげで、音楽史に名を残すことが出来たのである。
何とラッキーなことだろう。
渡る世間には鬼(デヴィル)ばかりだが、たまに天使もいる、らしい。
■『リトル・チャイルド』
ジョンとポールがリードボーカル。
2人の声が溶け合ってとても気持ちいい。キャロルの矢沢永吉とジョニー大倉、アリスの谷村新司と堀内孝雄にも通じる「ライブ叩き上げツインボーカル」だけが持つ溶け合い方だと見る。
こうして1963年が暮れていく。翌64年は、アメリカ進出に映画製作。約9年の現役ビートルズ史の中でもっとも大騒ぎの一年だ。
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