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増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

萩本欽一(9)中卒で家が建つ仕事は…役者は鏡を見て断念、コメディアンになろうと思った最初の日

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 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。

  ◇  ◇  ◇

増田「もう働くしかないと」

萩本「うん。文京区だったんで、割とでかい家がたくさん建ってた。で、いろんな大きな家を見つけては『ここのお父さんってのは何やってんですか』って近所の人に聞いてまわったわけ。そうしたら『この人は社長やってんじゃないか』とか『ここのうちは弁護士じゃないかな』とか『医者じゃないかな』って。よく考えたらみんな大学出てなきゃなれない仕事なんだよね」

増田「なるほど」

萩本「中学出て家が建つ仕事ってねえのかなって考えたら、出てきたのは、役者とスポーツ選手とあとヤクザだなって。で、ヤクザ、根性ないからもう全然ダメだよね。だからどうしようって。それで中学の野球部に入って」

増田プロ野球選手を目指そうと」

萩本「はい。そうしたら7番ライト。これはまずいなと思ったの。ヒット1本しか打てないの。守備でも手堅くワンバウンドで捕った。その時に監督に言われたの。『萩本、捕れるフライは普通に捕ろうぜ』って。それで才能ないなと思って辞めて、芸能界しかないっていうんで時代劇見に行ったのよ。芸能界ってまずは映画スターだと思った。東映を見に行った。近所だったのかな。そしたらね、俳優さんの目が吊り上がってるんだよ、こうやって。みんな羽二重してるから」

増田「羽二重って何ですか?」

萩本「羽二重って、時代劇やるときカツラかぶるのにみんな布をかぶってるんですよ。そうするとこう突っ張るんですよ、こうやって。だからみんな目がね、こう吊り上がってるんですよ。かっこいいんですよ」

増田「そうなんですね」

俳優に致命的だと思った垂れ目

萩本「そう。それで映画見てかっこいいなと思って。で、家帰ってきてさ、自分の顔を鏡で見たら目が垂れてんの。俺、主役無理だろってすぐ思った。それでまた映画見に行ったの。そのとき誰か汚い顔の人出てないのかなと思ったら、出てたの。マチャアキ(堺正章)のお父さんで堺駿二*さんっていうの。その人がね、目がちっちゃくてね、『これだ』って思った。主役じゃなくてこの人を目指せばいいんだろうと。それが調べたらコメディアンっていう。で、コメディアンになっちゃおうって思って」

※堺駿二(さかいしゅんじ):1913年生まれの喜劇俳優・コメディアン。東京下町の樽屋の3男として生まれ、浅草オペラ館のヤパンモカル劇団などで活動したが芽が出ず。1942年、吉本興業で軽演劇の世界に入る。戦後になると松竹大船に所属し、映画界に進出した。兄は浪曲師の港家小柳丸(初代)、次男は堺正章。

増田「まさに出会いですね」

萩本「うん。もうひとつ映画スターを目指した理由はね、中学3年の時に、学校で女の子たちが集まって写真を見ながらキャーキャー言ってたんだよ。で、のぞいたらね、なんか映画スターだったの。『何でキャーキャー言ってんの?』って聞いたら『信じられない。この人知らないの? うそー』っていう感じ。『何の写真なの?』って聞いたら『この人、20代で、こんな大きな家建てたのよ』っていう、そういう写真特集だと。映画スターってそんなでかいうちに住んでんの? それで映画2本見て、堺駿二さんを目指して駆けだした」

増田「コメディアンになろうと」

萩本「そうです。で、才能はないとかってそういうのは考えなかったね」

増田「気持ち的には一直線だと」

萩本「はい。で、たまたまテレビで出てたのがデン助劇場ってんで、毎週土曜日やってたの。だから『浅草って意外に身近だな』って思って。それでも芸能界ちょっと知るためにね、チャップリン*とエノケン*さんの本読んだんですよ。買ってきてじゃなくて、貸本屋さん行って借りてきて一生懸命読んだ。その中に共通してたのはチャップリンは何年か小さな劇場で頑張った。エノケンさんも何年か浅草で頑張ってそれからスターになったっていう。じゃあ浅草だ、浅草でデン助さんがテレビに出てたんで、デン助さんのとこ行きたいって思った。でも内気でね、子供の頃から。だからなかなか」

※チャップリン:1889年イギリス生まれのコメディアン・映画俳優・脚本家。代表作に『黄金狂時代』(1925年)、『街の灯』(1931年)、『モダン・タイムス』(1936年)など。

※エノケン:榎本健一(えのもとけんいち)。1904年東京生まれのコメディアン・映画俳優。1929年(昭和4年)、古巣の浅草に戻り「カジノ・フォーリー」「プペ・ダンサント」を経て、二村定一と二人座長となった「ピエル・ブリヤント」を旗揚げ。座付作家に菊谷栄、俳優には中村是好、師匠である柳田貞一らを抱え、これが後に「エノケン一座」となる。

(つづく=火・木曜公開)

▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。

▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

【連載】増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」

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