小泉今日子は暴れる頃は過ぎても別の抗い方で戦い続ける
もともとは歌手に憧れ、軽い気持ちでアイドルの世界に入った。だから歌唱力も演技力もかなわないという自覚があった。そんなとき「アイドル」とは何だろうと考えた。アイドルは「偶像」でジャンルではないと知った彼女はこう思い立つ。
「だったら、誰もやったことがないようなことに、常にチャレンジしていったら楽しいのかなとか、いままで見たことがなかった女の子像っていうのを、みんなで作ってみよう」(NHK「NHK MUSIC SPECIAL」22年3月10日)と。
「私が見たい理想の女の子像をプロデュース」(バズフィードジャパン「HUFFPOST」20年9月2日)している感覚だったという。「きっと、歌うことよりもそっちの才能、プロデュースする方がちょっと上手かも」(同前)と感じていたのだ。
だから、49歳で制作会社「明後日」を立ち上げ、映画や舞台をプロデュース。51歳で事務所を独立したのもごく自然な流れだった。「別にこの仕事を辞めてもよかったし、自分の人生をちゃんと生きようと思った」(文芸春秋「文春オンライン」24年1月17日)から不安はなかった。


















