伊藤博文らの「皇室典範」をめぐる議論では、女性天皇や女系天皇を認めることが検討されていた
国会では、皇室典範の改正が議論されている。高市首相も、その案の取りまとめ役になっている衆議院の議長なども、今の国会で改正にこぎつけたい考えを表明している。
しかし、そこにはさまざまな問題があり、中道改革連合やメディアは取りまとめ案に異議を申し立てている。果たして改正は実現するのか。まだその行方ははっきりしない。
ここで一つ注目しなければならないのは、改正に対象になっている「皇室典範」という名称である。典範という呼び方は、これに限られるものだが、皇室典範も一般の法律と同じものである。だからこそ、国会で議論になり、改正への動きが進んでいるわけである。
皇室典範も法律であるなら、本来「皇室法」などと呼ばれるべきだ。ところが、皇室典範は、もともと1890(明治23)年に、日本で最初の近代憲法、大日本帝国憲法が施行された際に定められたもので、その時点では法律ではなかった。
典範とは、手本となる正しい事柄の意味があり、皇室典範は、天皇家の「家憲」という形で定められた。家憲とは、それぞれの家の人間が守らなければならない掟である。


















