萩本欽一(17)伝説の「コント55号」結成秘話「坂上二郎さんが嫌で、私、逃げ出してるんです」
萩本「そうなんです。運命です」
増田「ちょうどその日に熱海から帰って、豆腐屋の2階の3畳の一間に戻ったら、下から呼び出し電話があったと」
萩本「そうです。ほんとに運命だった」
増田「僕は萩本さんのそういう素晴らしい出会いであるとか運命であるとか、いろんな言葉を今の若者に残して欲しいです。タスキリレーですから」
萩本「うんうん。なるほどね」
増田「学校でいじめられている子もいっぱいいるだろうし、会社でうだつが上がらないサラリーマンもいるだろうし。でも萩本さんの言葉を見た時にホッと救われて。きっとたくさんの人を知らないうちに助けると思うんですね」
萩本「そうなれればいいな」
増田「なってますよ、もう」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


















