山本美月は九州の女子校で偏差値トップ「筑紫女学園」から明大農学部へ 祖父も生物教師の“リケジョ”
祖父は高校の生物教師。子どもの頃は休みになると、福岡県八女市の郊外にある祖父の家に行き、一緒に野山を歩き回った。そこで植生調査を行うのだ。将来の夢は生物学の研究者。高2の時に生物学者の下村脩氏がクラゲの研究でノーベル賞を受賞すると、一層その思いを強くした。
そこに立ちはだかったのが芸能活動である。現在も所属する事務所からスカウトされたのは高1の冬。福岡市天神のもんじゃ屋の前で並んでいたら声をかけられたという。転機は高3の7月。東京スーパーモデルコンテストに出場するとグランプリを受賞し、一躍注目される存在になっていく。女性誌「CanCam」の専属モデルに起用され、早くも2009年12月号で表紙を飾った。
だからといって、研究者の夢をあきらめたわけではなかった。「国公立大に合格できる実力があったと聞いている」(前出の予備校スタッフ)とされる山本だが、受験したのは東京の私大。「芸能活動との両立をしながら、研究の道も模索できる環境に身を置きたかったのではないか」(同)とみられている。そして、一般入試で見事、明治大農学部に合格するのである。
しかし、研究に没頭するような時間はつくれなかった。大学2年になると「幸せになろうよ」(フジテレビ系)で女優デビュー。以降、ドラマや映画のオファーが次々に舞い込むように。目まぐるしい忙しさの中、山本は大学にだけは通い続け、4年間できっちり卒業している。



















