無謀な戦争の末路(1)イギリスに「東のスターリングラード」と呼ばれた激戦
「完全版 インパールの戦い」笠井亮平著
アジア・太平洋戦争が無謀な戦争だったことは今日では明らか。しかしどう無謀だったのか、なぜ無謀だったのかは認識不足のままだ。
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「完全版 インパールの戦い」笠井亮平著
「インパール作戦」といえば戦争を知らない世代にも「無謀で無計画の戦い」「根性論だけで乗り切ろうとした愚かな作戦」の代名詞として知られる。しかしその実態はなんだったのか。
投入された日本陸軍3個師団は補給もなくマラリアと赤痢で戦病死や餓死が続出し、戦死者を上回る師団もあったという。亡くなった将兵はそのまま打ち捨てられ、部隊が移動したルートは「白骨街道」の異名で呼ばれた。この失敗の元凶は部下の慎重論を排し、作戦を強行した第15軍司令官・牟田口廉也中将の無謀さにあったのはすでに定説だ。
しかし元外交官でインドに駐在した経験もある著者は、この戦闘がイギリス側にとっては「東のスターリングラード」と呼ばれるほどの激戦として記憶されていることに注目。これまでの戦史では日本軍の内部に記述が集中した結果、戦った英印軍の存在感が薄いことに違和感を抱き、日本軍の自滅というだけではすまないと考えて、英側の資料を丹念に調べた結果、本書を書き上げたという。
著者は牟田口個人に失敗の責任をかぶせることを疑問視。むしろ準備と情報活動にかけた両軍の差に注目する。また英側が日本兵士の日記やそのほかの資料をきちんと保管していることにも言及。公文書を勝手に役所が処分すると公言するようなどこかの国では勝てっこないのである。
(文藝春秋 1430円)



















