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史跡を頼りに築地の 「外国人居留地」があった場所へ

 築地といえば魚市場が有名だが、「今回はスルー。東京メトロの築地駅を降りたら、新大橋通りを築地市場とは反対の明石町方面に向かいます」(いからし氏)。

 聖路加病院を中心としたわずか6区画ほどの場所こそ目的の地。そこは明治時代、「外国人居留地」と呼ばれていた。

「外国人居留地とは、明治元年に政府が設けた外国人向けの居住地域のこと。洋館が立ち並び、異国情緒にあふれていたといいます。関東大震災で町並みは消えてしまいましたが、あちこちに残る史跡を頼りに、想像して楽しみます」

 例えば聖路加国際大学の敷地には、「女子学院」と「立教学院(現立教大学)」の発祥の記念碑がある。他にも「青山学院大学」「明治学院大学」「雙葉学園」などのミッションスクールが、築地を発祥の地としている。「宣教師が布教のために開いた私塾がそれらの前身」で、日本で最初のクリスマス会も築地で開かれている。


「芥川龍之介の生家も築地にありました。父親が居留地の隣で乳牛の牧舎を営んでいたんです。搾った牛乳の味はどんなだったでしょう。ただし龍之介は生まれてすぐ、母方の実家に養子に出されたので、その味は覚えていなかったでしょうけどね」

 その他、築地には「フランスパン」「洋靴」「洋品店」「ホテル」「サッカー」の発祥の地がある。明治時代の築地は文明開化の最前線基地だったようだ。

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