実例でズバリ「職場のがん対策」 発症する2割の社員はこうして守る

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 コロナ禍の生活が定着して2年あまり。感染者数は全国的に落ち着きつつあるが、懸念されていることがある。ステージが進んだがん患者の増加、さらにはがん死亡者の増加だ。これを食い止めるには、職場のがん対策が欠かせないという。

■検診受診者は17%減

 日本対がん協会は先月22日、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頚がんの5つの検診について、2019年、20年、21年の受診者数の比較を公表(21年は1~6月)。それによると、コロナ禍前の19年に比べて、20年は全体で83%減少した。今年はそれより回復したものの、17%減っている。まだ感染拡大前の水準には戻り切っていない。

 昨年の第1波のころから、さまざまな病気での受診控えが報じられていた。ことがん診療では、その深刻さが改めて裏づけられた格好だ。

■ステージ3での診断が7割増に

 それで困るのが、がんの診断の遅れ。5つのがん検診は、検診受診によって死亡率が下がることが国際的に証明されている。言い換えると、その恩恵にあずかれず、進行がんで見つかることだ。

 横浜市立大の日暮琢磨講師の研究グループは、同大付属病院と国立病院機構横浜医療センターで去年までの4年間にがんと診断された5167人の進行度を分析。その結果を米医師会雑誌の関連誌に発表した。

 研究では、ステージごとの患者数の1カ月平均を算出し、コロナ禍の昨年3~12月とコロナ前の17年1月~20年2月の数値を比較している。その結果、大腸がんでは、コロナが拡大した昨年3月以降は、コロナ前に比べて、早期のステージ1での発見が34%減少。その一方、進行して転移した状態のステージ3で見つかった人が68%も上昇していたのだ。

 東大病院放射線科特任教授の中川恵一氏が言う。

「がん検診の受診を控えることで、早期がんが見逃され進行がんで見つかるケースは、大腸がんだけでなくあらゆるがんに当てはまります。それが暗示する未来は、末期がんやがん死亡数の増加です。遠い先のことではなく、来年や再来年の話。深刻な事態です」

 胃がんや大腸がん、乳がん、子宮頚がんは早期なら9割、肺がんも8割根治できる。そのチャンスを失い、転移した進行がんでの治療になると、再発リスクが高まり、余命は短くなる恐れがあるだろう。中川氏はそれを恐れていて、「今後はがん対策として職場の力が欠かせない」という。

 がん検診の受診率向上を目指す「がん対策推進企業アクション」は今月15日、中川氏や企業の担当者を交えて、「職域がん対策のあり方」についてセミナーを開催。その中で中川氏は、こう強調した。

「がん患者は、50代前半までは男性より女性が多く、30代では男性の2.5倍です。50代後半になると、男性が女性を上回ります。社会は、女性の社会進出が進み、定年が延長。その状況を踏まえると、これまでは専業主婦でがんを患った女性は社会人としてがん患者になり、引退してがんを発症した男性は定年を目前にがんになる。男女とも働き盛りでがんになることが珍しくないのです。65歳までにがんを発症する可能性は男女ともに15%で、70歳までだと20%。今の時代、社員の5人に1人はがん患者になりうる時代ですから、企業のがん対策は当然、必要でしょう」

 伊藤忠は4年前、がんと仕事の両立支援に関する強化策を発表した。同社では、在職中の社員の病死の9割ががんだったという。そんな状況を受け、国立がん研究センターとの連携や高度先進医療費の補助など充実した両立支援策をそろえている。大手企業ならではの手厚い支援だが、中小企業も無理ではない。

妻の費用も会社負担。業務時間内で有休も

 セミナーで発表した「古川」は、小田原を地盤にLPガスや住宅リフォームなどを手掛ける。総務部課長の山田智明氏が言う。

「当社は、湘南ベルマーレフットサルクラブのスポンサーで、クラブの久光重貴選手(昨年12月、39歳で他界)が肺がんを患ったことから、『若いアスリートでもがんになるんだ』との思いを強くし、『だったら、従業員ががんになってもおかしくない』と考えたのが、がん対策を強化するキッカケです。早期発見、早期治療を実現するには、どうするか。それを思案した結果、従業員だけでなく、配偶者のがん検診費用をともに会社負担で実施することに思い至りました」

 がん検診は、1日当たり社員2、3人で、4カ月かけて振り分ける。その予約は会社が代行し、スケジュールはタイムカードレコーダーの前に掲示。事前に検診日の業務を周りで分担してもらうためだ。検診の病院は、会社から歩いて3分で、就業時間内に受けられ、有休も認められるというから至れり尽くせりだろう。

「従業員を守ることは会社のリスク管理で、がん検診はリスク管理への投資のひとつです。また、家庭では、子育てや食事、洗濯、掃除などさまざまなことがあり、配偶者ががんになったら、従業員は仕事どころではなくなります。配偶者を守ることも会社のリスク管理で、結果として会社の利益になるのです。がん検診会社負担の制度を導入して以来、3人ががんと診断されましたが、3人とも早期でした。治療を終え、元気に職場に復帰しています」(山田氏)

便潜血検査で総医療費が約200万円安く

 がん検診の有無で治療費の総額がどう変わるか調べた報告もある。

「大腸がん検診では、便潜血検査を行います。それが陽性なら、大腸内視鏡検査を加えて組織検査と併せてがんを診断するのが一般的な流れです。この大腸がん検診を職域検診として行った場合と行わずにがんが見つかった場合の費用対効果を分析した報告では、大腸がん検診を受診したグループは、受診しないグループより便潜血検査の費用と大腸内視鏡費用などが余分にかかりますが、トータルの治療費は安かった。受診しないグループは、進行がんで見つかったため、治療費が余計にかさんだのです」(中川氏)

 1人当たりの治療費は、大腸がん検診を受診したグループが323万円で、受診しないグループが544万円。その3割が自己負担額とすれば、従業員としても会社が職域がん検診を実施してくれた方が医療費は安上がりで済む。

 ドイツ銀行では、今年7月からがん対策の取り組みを始めている。セミナーで発表した東京支店長の中野知彦氏が言う。

「初回のイベントでは、がんサバイバーを招いて参加者とディスカッションしました。通常、イベントの参加者は30人程度ですが、この日は70人と参加者の関心が高かった。内容は、告知のときの気持ちや治療のこと、仕事の両立、家族とのかかわり方など。がんではない人が、がんの人の気持ちが分かっただけでなく、『接し方が分かってよかった』という声が集まりました。がん患者が、『仕事との両立面ではある程度特別扱いしてほしいと思っていても、それ以外では普通に接してほしい』と感じていることは、当事者の話を聞かないとなかなか分かりませんから」

 ドイツ銀行のがん検診は、人間ドックで代用していて、受診率は通常80~90%。今年は9月末で30%ほどだという。こうしてみると、中小企業も工夫次第で大企業と負けないようながん対策を行えることが分かる。対策が不十分な会社の人は、トップにかけ合った方がいいかもしれない。

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