横浜にカジノ不要 藤木幸夫氏が危惧する「戦前に似た空気」
ミナト横浜の象徴的存在でもある荷役会社を経営し、横浜や日本、世界を半世紀を優に超えて見つめてきた。5月15日に荷役会社や倉庫会社などミナトで働く企業が参加した一般社団法人「横浜港ハーバーリゾート協会」が設立されて会長に就任。協会には横浜港運協会会員の全244社が参加した。会の趣旨は横浜港の再開発とは観光施設をつくることであり、カジノ誘致・建設ではないということ。ミナト横浜のキーパーソンが、なぜカジノに反対なのか――。
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――5月15日の記者会見にはマスコミが殺到しましたが、藤木さんの言いたいことは十分、世間に伝わったと思いますか。
言いたいことは言えてないからね。横浜は今年開港160年でおめでとうと言われるのですが、そういう表面的なものだけではないんです。
――と言いますと。
1週間前、港湾の160年慰霊祭に出席してきました。大正、昭和の時代にはクーリー(苦力=昔のアジア系出稼ぎ労働者)みたいな港湾労働者がたくさんいました。食べたいものは食べられず、言いたいことも言えない時代が続きました。港湾は産業の業種としても取り扱ってもらえず。オヤジ(創業者の藤木幸太郎)たちの苦労を今に伝えたいが、目の前にはそれは存在せず、なんです。
中央官庁の官僚が「港はどうですか」なんて言うのですがね、私は港湾労働者は米国における黒人問題のように思ってきたんです。経団連や日経連には到底ミナトはわからんですよ。これは港湾産業に限った話ではありませんがね。
――ハマっ子でも、知ろうと思わないと知ることはない歴史でしょうね。
人件費はコストだという言い方をするでしょう。人はコストなのだと。日本人1人分の給料で中国人を25人雇えるから中国に移転するとか、いまは15人分になってしまったとか、私のところに来る経営者はそんな話ばかりをします。平気で海外に移す。日本はものづくりの国で日本でつくって、海外に輸出してということではないか。ゴーンを呼んでクビを切って。なにが経団連だ、日経連だ。いまや海運国日本どころではない。荷物のない国になってしまいました。
――いまの日本の空気が戦前と似ているとも発言されていますね。
昭和14年の頃の空気に似ています。私が小学校4年のとき、パーマネント屋は潰れ、おふくろは指輪を金属供出した。県内の新聞社は1社に統制されていった。健康診断に行くといつも私はタンパク質が足りないって結果が出るんです。だからその前に肉とかウナギとか食べるんだけど、いつも同じ。育ち盛りの13歳から15歳の間が戦争中で食べていないからですよって医者はあっさり言うんですよ。私は爆弾が落ちてくる日本を知っているから、戦争は絶対反対なんだ。
――「カジノに反対しているのは俺だけだ」と強調されていましたが、その意図は。
まさに私だけが反対しているという意味。もう88歳だし、崖が見えているから。私だけでいいんだ。


















